脳のミトコンドリアと不安の間の双方向性の関係 | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

興味深い研究成果をすべてネタにできればいいのですが、生憎そうもいきません。そこで、論文アブストラクト(抄録)だけ読んだ不安(障害)・恐怖に関する興味深い論文を取り上げようと思ったのですが、本文もある程度読みました(全文は読んでいません)。

なぜ不安(障害)・恐怖なのかというと、場面緘黙(選択性緘黙)児は不安が高いか、もしくは不安障害(不安症)を併存していることが多いという知見があるからです。さらに、米国精神医学会(APA)が発行するDSM-5では場面緘黙症が不安障害になりました。

今回は、脳のミトコンドリアと不安との間には双方向性の関係があるというレビュー論文です。

なお、不安(障害)・恐怖以外の興味深い(面白い)研究については『心と脳の探求-心理学、神経科学の面白い研究』をご覧ください。

最近の記事1⇒1年の後半に出版された論文は被引用数が少なくなりがち
最近の記事2⇒授業の前に頭の体操を行うと、試験の成績が上がる
最近の記事3⇒バスの無料乗車券の導入後に高齢者の認知機能が向上
最近の記事4⇒初デートでの「あーん」が2回目のデート意図の高さを予測する

Filiou, M. D., & Sandi, C. (2019). Anxiety and brain mitochondria: a bidirectional crosstalk. Trends in Neurosciences, 42(9), 573-588. doi:10.1016/j.tins.2019.07.002.

ドイツのマックス・プランク精神医学研究所、ギリシャのヨアニナ大学生物学的応用技術学科、スイスのスイス連邦工科大学ローザンヌ校脳精神研究所(Brain Mind Institute)の研究者による論文です。

〇アブストラクトより

・ミトコンドリア機能不全と様々な精神障害との間に関係があることが知られている。脳のミトコンドリア、生体エネルギー機構が精神障害やストレス関連病理の要因となっていることを示すデータが蓄積している。だが、不安症におけるミトコンドリアの関与については研究が進んでいない。

・しかし、動物での研究でもヒトでの研究でも、ミトコンドリアが不安関連行動を調整する因子として注目を集め始めている。不安と脳のミトコンドリア、代謝との双方向性のある相互作用が、近年明らかにされつつある。

・ミトコンドリアと不安との間の双方向性の関係として以下のことが指摘されている。つまり、不安が高いとミトコンドリア、エネルギー代謝、酸化ストレスがおかしい一方で、ミトコンドリア機能の変化で不安が高まった状態になる。ミトコンドリア疾患がある人は不安症状を抱えがち。

・遺伝学や薬理学の研究により、不安に因果的に関与するミトコンドリアや代謝の要因が明らかになってきた。

・ミトコンドリアの薬理学的操作等ミトコンドリアをターゲットとした研究を進展させることで、高い不安症状を緩和するセラピーができるかもしれない。

〇コメント(といっても今回は論文の内容をなぞっていることが多いですが…)

論文のFigure1(図1)を見たところ、不安が高いと、電子伝達系の機能障害→正常な場合より生成されるATP(アデノシン三リン酸)が少なく、活性酸素種が多くできる→いくつかのプロセスにミトコンドリア機能が毒性となり、効率を低下させる。

高不安様動物での研究では、脳領域によってミトコンドリア呼吸能の変化が逆パターンになることもあるのだとか。脳領域よりももっと微細な細胞種レベルでの研究も必要ですね。

不安が高い状態だとグルココルチコイドや他の代謝性ストレスメディエーターの作用を通して、ミトコンドリア機能に影響する可能性も指摘されているのだとか。

ミトコンドリアが興奮性神経伝達物質のグルタミン酸、抑制性神経伝達物質のGABAの合成に関わることから、不安(症)でも他の神経精神障害と同じく神経の興奮と抑制のバランス不全が関与している可能性があります。グルタミン酸の興奮毒性は脳での酸化ストレスの主要な誘因であり、不安が高い人達では脳皮質でグルタミン酸濃度が高いことが報告されています。慢性ストレスは不安と酸化ストレスダメージを促すとされます。そして、ストレスは脳のグルタミン酸濃度を高め、興奮と抑制のバランスを崩し、興奮性が亢進するようになると考えられています。

また、不安が高いと、トランスロケータータンパク質(TranSlocator PrOtein,TSPO)濃度が低いそうです。TSPOとは、ミトコンドリア外膜に多く認められる質量18kDaのタンパク質のことで、ニューロステロイドの生成やカルシウムイオン、活性酸素種の調整に関わっています。このタンパク質濃度が低いので、抗不安作用のあるニューロステロイドの産生能力やカルシウムイオン、活性酸素種の調整能力も低くなります。カルシウムイオン、活性酸素種の濃度が高い状態は、ミトコンドリアやニューロンに毒です。

不安性ミトコンドリアを標的とした治療アプローチには、L-アセチルカルニチン(LAC)、N-アセチルシステイン(NAC)、中鎖脂肪酸トリグリセリドあるいはミトコンドリアを標的とした抗酸化物質を与えることが考えらえるそうです。これらはミトコンドリアプロセスに直接的または間接的に作用して、不安を低下させる効果が期待されるようです。

遺伝学的には、ミトコンドリアDNAをターゲットとした研究、酸化ストレスに関わる遺伝子をターゲットにした研究、他のミトコンドリアタンパク質を調整する遺伝子をターゲットとした研究でミトコンドリアが不安様行動に因果的に関わっていることが示唆されているみたいです。

薬理学的には、抗不安薬がミトコンドリア機能に影響すること、ミトコンドリア機能や酸化ストレスをターゲットとした薬で不安を緩和できることが示唆されていると論じられています。論文では、動物実験だけでなく、実際にヒトの不安症患者への有効性が示された研究にも触れられています。

酸化ストレスではミトコンドリア特異的な抗酸化剤で抗不安(様)作用が示唆されているようです。脳でも血漿でも抗不安の分子的特徴が認められるとの研究もあるのだとか。血液脳関門を通過するMitoQはミトコンドリアをターゲットにした抗酸化剤ですが、マウスでの抗不安作用が認められています。MitoQはヒトでの臨床研究で明確な副作用も報告されておらず、実際に販売もされています。このため、MitoQは不安症の臨床薬として有望な候補となっています。

先述したトランスロケータータンパク質(TSPO)を標的としたリガンドも開発されています。開発されたTSPOリガンドの中にはプレグネノロンとアロプレグナノロンというニューロステロイドの脳内の濃度を高めることで、GABA(A)受容体活性を増進させる作用をもったものがあります。中には強い抗不安作用があるリガンドもあり、ベンゾジアゼピン系薬物で生じる副作用が生じにくいという結果が得られています。たとえば、TSPOリガンドのXBD173の1週間の服用試験ではヒトで抗パニック作用を示し、鎮静や禁断症状も生じなかったようです。ただ、TSPOへのXBD173の結合親和性は脳領域によって異なり、全般性不安症患者での第II相臨床試験では、プラセボ(偽薬)よりも効果があるとはいえなかったとの報告もあります。

アセチルL-カルニチン(LAC)は脂肪酸酸化のためのミトコンドリアへのアシルCoA(コエンザイムA)の取り込みの調節に関わっており、抗うつ作用があるとされますが、抗不安作用も期待できるようです。たとえば、ミニマル肝性脳症患者やゼブラフィッシュでLACサプリメントによる抗不安効果が報告されています。 ゼブラフィッシュモデルでは、急性ストレスによる脂質過酸化反応をLACで予防できるそうです。

ただ、LACには抗酸化効果等の他の作用機序があり、それが抗不安作用に関与している可能性もあるとのことです。他にも色々あるようで、たとえLACに抗不安作用があったとしても、それがどのようなメカニズムによるのか特定するのが現在のところ難しいようです。

ここで取り上げたのはほんの一部にすぎず、ミトコンドリアを標的とした他のメカニズムによる抗不安剤候補が考えられます。ですが、不安への効果を調べた研究は少ないのが現状のようです。ただ、ニコチンアミドリボシドやニコチンアミドモノヌクレオチド等のニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)増強剤は抗不安薬として有望だそうです。特にニコチンアミドリボシドはマウスでの研究では抗不安(様)作用が報告されており、有望な化合物のようです(ただし、まだまだ研究の余地あり)。NAD+増強剤の抗不安作用に脱アセチル化酵素のサーチュイン1(SIRT1,Sirtuin 1)が関わっている可能性が指摘されています。

さらに、運動や栄養アプローチ、エンドカンナビノイド等も脳のミトコンドリア活動と不安の両方に作用するとされています。栄養アプローチに関しては、中鎖トリグリセリドから構成されるケトン食を与えることでラットの不安様行動が低下し、前頭前皮質でのミトコンドリアの呼吸能の調整ができることが報告されています。

参考記事⇒バランスの良い食事をする女性は不安が低い

今後、技術上の進歩と合わせて不安とミトコンドリアとの関係が解明され、臨床に活用できるようになることが望まれます。ただ、原因と結果、卵が先か、鶏が先かという議論だけでなく、不安関連の他の生物学的システムの異常を代償しようとしてミトコンドリアに変化が生じる可能性もあり、この場合は「適応」ということになります。生物系はダイナミックであるため、本当にややこしいです。

また、ひとくちにミトコンドリアといっても様々な側面があります。たとえば、論文ではミトコンドリアの生合成、マイトファジー、融合と分裂、細胞内の位置、形態といった現象、機能があげられ、これらも研究することで脳のミトコンドリアが不安表現型を形成する仕方の統合的理解をしていく必要が指摘されています。

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Comment
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はじめまして。福井市在住の大嶋昌治(おおしままさはる)と言います。聖書預言を伝える活動をしています。

間もなく、エゼキエル書38章に書かれている通り、ロシア・トルコ・イラン・スーダン・リビアが、イスラエルを攻撃します。そして、マタイの福音書24章に書かれている通り、世界中からクリスチャンが消えます。その前に、キリストに悔い改めて下さい。ヨハネの黙示録6章から19章を読めば分かりますが、携挙に取り残された後の7年間の患難時代は、苦痛と迫害の時代です。患難時代を経験しなくても良いように、携挙が起きる前に救われてください。

205
Re: タイトルなし
返信遅れて申し訳ありません。

私はいつまでも無信教でいるつもりですので、布教活動はお断りいたします。

それに世界中からクリスチャンが消える前にキリスト教に回心するのは自殺行為に等しいです。

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場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
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マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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