「問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。
2017.12.26
興味深い研究成果をすべてネタにできればいいのですが、生憎そうもいきません。そこで、アブストラクトだけ読んだ、社交不安(障害)に関する興味深い論文を取り上げるつもりでしたが、全文読んでしまいました。全文読んでしまうと、記事1つを書くのに、かなりの時間を要することになるので、なかなかマネジメントが難しいものです。
なぜ、社交不安(障害)なのかというと、場面緘黙児(選択性緘黙児)は社交不安(社会不安)が高いか、もしくは社交不安障害(社会不安障害,社交不安症)を併存していることが多いという知見があるからです。また、米国精神医学会(APA)が発行するDSM-5(精神疾患の分類と診断の手引き第5版)では場面緘黙症が不安障害(不安症)になりました。
今回は、クラス内でのいじめの低下は、いじめられ続けられている子供の社交不安、抑うつを悪化させ、クラスメイトから好かれにくくなるという研究です。
なお、社交不安(障害)以外の興味深い(面白い)研究については『心と脳の探求-心理学、神経科学の面白い研究』をご覧ください。
最近の記事1⇒2D:4Dが低い男性は峰不二子体型の女性と交際していることが多い
最近の記事2⇒サイコパスの方が他者を援助する場合がある
↑記事1の2D:4Dとは、人差し指の長さと薬指の長さの比率のことです。峰不二子とは、ルパン三世に登場するセクシーでグラマラスな女性キャラクターのことです。
Garandeau, C. F., Lee, I. A., & Salmivalli, C. (2018). Decreases in the proportion of bullying victims in the classroom: Effects on the adjustment of remaining victims. International Journal of Behavioral Development, 42(1), 64-72. doi:10.1177/0165025416667492.
オランダのユトレヒト大学社会行動科学研究科、アメリカのスタンフォード大学パロアルト校心理学研究室、フィンランドのトゥルク大学心理学部門の研究者による論文です。
〇方法
反いじめプログラムのKiVa(Kiusaamista Vastaan)のRCT研究の一環。KiVaとは、いじめ被害・加害の減少、内在化問題の低下に有効性が認められたことのあるフィンランドのプログラムのことです。KiVaの目的は、いじめ被害者への共感を高め、傍観者の擁護行動を促進し、いじめ事案への先生の気づきを亢進し、介入できるようにすることにあります。
初回サンプルは小学3~5年生4,466人。彼らは61校211クラス由来。男児が49.6%(平均年齢10.99歳,SD = 1.10)。追跡前後で転校や死亡等でクラスの成員が2人以上変わった場合やクラスが変わった子はデータ解析の対象とせず。KiVaプログラムを実施したのは115学級、統制群は96学級。なお、フィンランドでは小学生の全学年を通して先生は同一という教育システムになっています(これは、少なくとも研究時点ではという意味であり、その後の教育改革の可能性を否定しません)。
初めのデータ収集はKiVaプログラム実施前の学年末。次回のデータはKiVaプログラム開始から9カ月後(論文では明言されていないものの、統制群は9か月間の待機?)。
本研究では、いじめ被害を自己申告形式とし、1カ月に2、3回以上の被害に遭わなければならないという基準を適用。
インターネットを通じた質問紙調査。匿名性を確保した調査。小学生にいじめ加害・被害の定義(いじめとは何か?また、何でないのか?)を具体的に説明した上での調査。
使用質問紙一覧:仲間受容のみ仲間報告で、残りは自記式
・いじめ被害頻度:オルヴェウスいじめ加害/いじめ被害質問紙改訂版(Revised Olweus Bully/Victim Questionnaire,BVQ-R)の質問項目を借用:「ここ数カ月間の間、どれぐらいの頻度でいじめを受けたか?」という質問に5件法で回答。
・抑うつ症状:ベック抑うつ質問票(Beck Depression Inventory,BDI):7項目、5件法。
・社交不安:否定的評価懸念尺度(Fear of Negative Evaluation Scale,FNE) :5項目、5件法。
・仲間受容:クラスメイトの中から最も好きな3名を選択。受容ノミネーション数÷回答者数で割合を算出。
・仲間から受ける擁護:いじめを受けそうな時に支援し、慰め、擁護してくれるクラスメイトはいるか?その擁護頻度は?という質問に回答。5件法(擁護者がいない場合を含めると6件法)。
*抑うつ症状と社交不安は心理的適応、仲間受容と仲間から受ける擁護は社会的適応。
〇結果
初回の調査でいじめを受けていると報告した子は631人(15%)。2回目の調査でいじめ被害に遭っていると報告した子は420人(10.5%)。初回の調査でも2回目の調査でもいじめ被害に遭っていると報告した子は170人(4.3%)。
2時点間でいじめられた子の割合が減少したのは68クラスで、その中で、初回の調査でも2回目の調査でもいじめを受けていた子が96人いました。2時点間でいじめられた子の割合が変わらなかったか、増加したのは41クラスで、その中で、初回の調査でも2回目の調査でもいじめを受けていた子が74人いました。
初回の調査でも2回目の調査でも、クラス人数に占めるいじめ被害児の割合を計算。2回目の調査におけるいじめ被害児の割合から1回目の調査におけるいじめ被害児の割合を引き算。この値の範囲は-.38~.25(平均値-.05, SD = .10)。統制クラスで平均値-.03(SD = .11)、 KiVaクラスで平均値-.06(SD = .09)で有意差が検出され、KiVaプログラムの効果が確認されました。
初回の調査で抑うつ、社交不安、仲間からの擁護が高かった順に、1回目の調査でも2回目の調査でもいじめ被害があった群(以下stable群とする)・初回の調査のみいじめ被害があった群(以下T1群とする)>2回目の調査のみいじめ被害があった群(以下T2群とする)・どの調査でもいじめ被害がなかった群(以下No群とする)となりました。他のどの群よりも、stable群の方がいじめ被害頻度が高くなりました。
初回調査での仲間受容が低かった順に、stable群・T2群 < T1群・No群となりました。
2回目の調査では、抑うつは他のどの群よりも、stable群で高くなりました。ただ、社交不安、いじめ被害頻度、仲間からの擁護は、T2群との有意差は検出されませんでした(他の2群との差は検出されました)。
2回目の調査での仲間受容は、No群よりもstable群の方が低くなりました。しかし、stable群の仲間受容は、T1群の仲間受容やT2群の仲間受容と有意差が検出されませんでした。
いじめを受けている子の割合が低下したクラスといじめ被害児の割合が低下しなかったクラスとで、stable群のいじめ被害頻度の変化に有意差は検出されませんでした。
いじめ被害児の割合が一定または増加したクラスと比較して、いじめ被害児の割合が低下したクラスは、2回目の調査時点でのstable群の抑うつ、社交不安が悪化しました。初回調査での抑うつが高いと2回目の調査での抑うつが高く、これは社交不安でも同様でした。
2回目の調査でいじめられていると、抑うつ、社交不安が高い傾向にありました。性別、学年、初回調査でのいじめ被害、クラスの大きさ(生徒数)、初回調査でのいじめ被害児の割合は、2回目の調査での抑うつ、社交不安を予測しませんでした。
なお、ネストされた統計解析において、学校レベルでの差はほとんどありませんでした。KiVaプログラム受講の有無では、2回目の調査時点での抑うつの予測ができませんでした。しかし、stable群はKiVaプログラムを実施しているクラスにいると、2回目の調査時点での社交不安が高くなりました。いじめられる児童の割合の減少が抑うつや社交不安に与える影響は、KiVaプログラムの実施の有無によって違うとはいえませんでした。
いじめ被害児の割合が低下したクラスは、2回目の調査時点でのstable群の仲間受容、仲間からの擁護が低くなりました(ただし、仲間からの擁護は有意傾向)。学年、いじめ被害頻度、初回調査時点でのいじめ被害児童の割合、クラスの人数、KiVaプログラムの施行の有無の影響は検出されませんでした。初回調査での仲間受容が2回目の調査での仲間受容を、初回調査での仲間からの擁護が2回目の調査での仲間からの擁護を予測しました。いじめ被害児の割合の減少が仲間受容や仲間からの擁護に与える影響は、KiVaプログラムを実施しているかどうかとは関係しませんでした。
〇コメント
要点だけまとめると、
1回目の調査でも2回目の調査でもいじめ被害があった群は、初回調査時点ですでに抑うつ、社交不安が高く、仲間受容(クラスメイトからの好感度)が低かったです。しかし、追跡調査後にクラスでのいじめ被害児の割合が低下していると、彼らの抑うつ、社交不安はさらに増強され、仲間受容が低くなりました。また、これらのいじめられる児童の割合の低下による、いじめられ続けられている子供への心理的、社会的悪影響は、いじめ対策プログラム、KiVaの実施の有無とは無関係に生じました。むしろ、いじめを受け続けている子供は、KiVaを実施しているクラスにいる方が後の社交不安が高くなりやすかったです。
KiVaプログラムは、いじめ被害者への支援環境を造成するものです。この特性から、研究者の仮説は、いじめの減少に伴う、残された子供への悪影響は、KiVaプログラムで緩和されるだろうというものでした。しかし、実際の結果は研究者の仮説とは違うものでした。いじめの減少による残された子供への悪影響を低減させる反いじめプログラムの開発が望まれます。
いじめ被害の悪影響については様々な研究がありますが、中には幼少期のいじめ被害の影響が何十年間も持続するという報告は、(個人的に)衝撃的です。いわく、子供の頃にいじめを受けた人は23歳だけでなく、50歳になっても精神的苦痛が高いままで、45歳でのうつ病、不安症(不安障害)、自殺傾向のリスクが高く、50歳での社会的関係が乏しく、経済的苦難を抱え、QoL(生活の質)が低いそうです(Takizawa et al., 2014)。
ただ、いじめられることが子供の適応に与える影響は社会的文脈に依存します。自分以外にいじめられている子が少ないと、他の子から受け入れてもらえていると感じにくく、抑うつが高く、自尊感情が低く、社交不安が高い傾向にあるとされます。他方で、いじめ被害率の変化が子供の適応に与える影響について調べた研究はこれまでありませんでした。で、本研究となります。
いじめ撲滅が必要なのは、1つにいじめが被害者に与える負の影響にあります。しかし、本研究によれば、いじめの減少は、いじめ続けられている子供にとって有害で、むしろいじめは減らない方が良いようです。とはいっても、やはり完全にいじめがなくなった方が良いのでしょうが、いじめは進化による適応的方略の産物であると考える研究者もおり(Volk et al., 2012)、もしこれが確からしいのならば、進化の過程で発達したものは容易になくせるものではありません。
★なぜ、いじめが減った方がいじめられ続けている子供の心理的、社会的適応を阻害するのか?
クラスでいじめられている子が低下する方が、いじめを受け続けている子供にとって心理的にも社会的にも非適応となるのは、他の子がいじめられているのを目撃することが少なくなることが一因だと考えられます。他のいじめられっ子の存在は、いじめ被害を受けている子の屈辱感、否定的自己観を和らげ、自己非難が弱くなります。
クラスでいじめを受ける子の割合が低下すると、残された子供へのいじめが強まったり、頻度が多くなったりする可能性もあります。これも、いじめが減っている中で、いじめられ続ける子のメンタルヘルスが悪化しやすいことの理由だと考えられます。しかし、本研究では、いじめ被害児の割合が低下したクラスといじめ被害児の割合が低下しなかったクラスとで、stable群のいじめ被害頻度の変化に有意差は検出されませんでした。ただし、いじめの深刻さに関する解析はしていませんので、この点に関しては不明のままです。
また、いじめられている子同士が友達になることが、内在化問題の増悪を防いでいるとも考えられます。逆に、いじめを受けている子が少ないと、いじめ被害を受けている子にとって同じようにいじめを受けている子の方が少数のため、他の子から好かれることが少なく、受容されにくいとされます。ソーシャルネットワーク研究によれば、同じいじめっ子から被害を受けている子同士で好感度が互いに高い傾向にあるという報告もあるそうです(詳しくは本文を参照のこと)。
論文では、いじめ被害を受けている子の割合の低下が、残された子の精神的健康を損なうのは、自責の念やいじめの原因に関する内的帰属が強まり、いじめられる理由・状態の帰属が安定しこれからもずっといじめを受けると思い、統制不能感が高まるからだと議論されています。かつていじめを受けていた子は、再びいじめられるのを恐れて、過去からずっといじめられている子と友人関係を維持しようとはしなくなり、いじめを受け続けている子に悪影響を与える可能性にも言及があります。
いじめが減少しているクラスで、いじめられ続ける子は目立ちます。これが仲間受容を低下させます。クラス全体としてはいじめが減っているのにいじめられ続けているのは、それ相応の理由がその子にあるからだろうということになり、いじめへの介入、サポートが低下します。いじめっ子が同じだと、被害児は互いに擁護しようとする傾向がありますが、クラスでいじめが減少すると、擁護されることも少なくなります。
論文の考察では社会的比較理論と帰属理論による説明がされています(帰属の問題についてはすでに上述しました)。社会的比較理論によれば、自分と同じようにいじめられている子が多いと、自分より上の子と比較(上方比較)することが少ないです。人には自分と似た人と自己とを比べる癖があり、いじめられている子はいじめられている他の子と自己とを比較する傾向が高いと考えられます。しかし、いじめられている他の子がいじめられなくなると、上方比較優勢になってしまい、内在化問題が悪化するというのです。
ただ、社会的比較理論にしろ帰属理論にしろ、本研究だけでは、あくまで仮説の域を出ません。これから実証的に検証していくことが望まれます。また、本記事で取り上げた研究ではbully-victimsについて言及がありませんでした。bully-victimsとは、他者をいじめる加害者であると同時にいじめられる被害者でもある人達のことで、いじめ研究におけるトピックの1つになっています。
仮に場面緘黙児がいじめられていたとしましょう。また、場面緘黙児は他の子と比較して、自分から積極的に自らの状況を訴えないものとします。すると、他の子のいじめ被害対策ばかり優先され、緘黙児のいじめ被害対策が後回しになるかもしれません。だとしたら、いじめ被害が継続している緘黙児の心理的、社会的適応が、いじめの減少で困難になる可能性があります。
〇引用文献(アブストラクトだけ読みました)
Takizawa, R., Maughan, B., & Arseneault, L. (2014). Adult health outcomes of childhood bullying victimization: evidence from a five-decade longitudinal British birth cohort. American Journal of Psychiatry, 171(7), 777-784. doi:10.1176/appi.ajp.2014.13101401.
Volk, A. A., Camilleri, J. A., Dane, A. V., & Marini, Z. A. (2012). Is adolescent bullying an evolutionary adaptation? Aggressive Behavior, 38(3), 222-238. DOI:10.1002/ab.21418.
なぜ、社交不安(障害)なのかというと、場面緘黙児(選択性緘黙児)は社交不安(社会不安)が高いか、もしくは社交不安障害(社会不安障害,社交不安症)を併存していることが多いという知見があるからです。また、米国精神医学会(APA)が発行するDSM-5(精神疾患の分類と診断の手引き第5版)では場面緘黙症が不安障害(不安症)になりました。
今回は、クラス内でのいじめの低下は、いじめられ続けられている子供の社交不安、抑うつを悪化させ、クラスメイトから好かれにくくなるという研究です。
なお、社交不安(障害)以外の興味深い(面白い)研究については『心と脳の探求-心理学、神経科学の面白い研究』をご覧ください。
最近の記事1⇒2D:4Dが低い男性は峰不二子体型の女性と交際していることが多い
最近の記事2⇒サイコパスの方が他者を援助する場合がある
↑記事1の2D:4Dとは、人差し指の長さと薬指の長さの比率のことです。峰不二子とは、ルパン三世に登場するセクシーでグラマラスな女性キャラクターのことです。
Garandeau, C. F., Lee, I. A., & Salmivalli, C. (2018). Decreases in the proportion of bullying victims in the classroom: Effects on the adjustment of remaining victims. International Journal of Behavioral Development, 42(1), 64-72. doi:10.1177/0165025416667492.
オランダのユトレヒト大学社会行動科学研究科、アメリカのスタンフォード大学パロアルト校心理学研究室、フィンランドのトゥルク大学心理学部門の研究者による論文です。
〇方法
反いじめプログラムのKiVa(Kiusaamista Vastaan)のRCT研究の一環。KiVaとは、いじめ被害・加害の減少、内在化問題の低下に有効性が認められたことのあるフィンランドのプログラムのことです。KiVaの目的は、いじめ被害者への共感を高め、傍観者の擁護行動を促進し、いじめ事案への先生の気づきを亢進し、介入できるようにすることにあります。
初回サンプルは小学3~5年生4,466人。彼らは61校211クラス由来。男児が49.6%(平均年齢10.99歳,SD = 1.10)。追跡前後で転校や死亡等でクラスの成員が2人以上変わった場合やクラスが変わった子はデータ解析の対象とせず。KiVaプログラムを実施したのは115学級、統制群は96学級。なお、フィンランドでは小学生の全学年を通して先生は同一という教育システムになっています(これは、少なくとも研究時点ではという意味であり、その後の教育改革の可能性を否定しません)。
初めのデータ収集はKiVaプログラム実施前の学年末。次回のデータはKiVaプログラム開始から9カ月後(論文では明言されていないものの、統制群は9か月間の待機?)。
本研究では、いじめ被害を自己申告形式とし、1カ月に2、3回以上の被害に遭わなければならないという基準を適用。
インターネットを通じた質問紙調査。匿名性を確保した調査。小学生にいじめ加害・被害の定義(いじめとは何か?また、何でないのか?)を具体的に説明した上での調査。
使用質問紙一覧:仲間受容のみ仲間報告で、残りは自記式
・いじめ被害頻度:オルヴェウスいじめ加害/いじめ被害質問紙改訂版(Revised Olweus Bully/Victim Questionnaire,BVQ-R)の質問項目を借用:「ここ数カ月間の間、どれぐらいの頻度でいじめを受けたか?」という質問に5件法で回答。
・抑うつ症状:ベック抑うつ質問票(Beck Depression Inventory,BDI):7項目、5件法。
・社交不安:否定的評価懸念尺度(Fear of Negative Evaluation Scale,FNE) :5項目、5件法。
・仲間受容:クラスメイトの中から最も好きな3名を選択。受容ノミネーション数÷回答者数で割合を算出。
・仲間から受ける擁護:いじめを受けそうな時に支援し、慰め、擁護してくれるクラスメイトはいるか?その擁護頻度は?という質問に回答。5件法(擁護者がいない場合を含めると6件法)。
*抑うつ症状と社交不安は心理的適応、仲間受容と仲間から受ける擁護は社会的適応。
〇結果
初回の調査でいじめを受けていると報告した子は631人(15%)。2回目の調査でいじめ被害に遭っていると報告した子は420人(10.5%)。初回の調査でも2回目の調査でもいじめ被害に遭っていると報告した子は170人(4.3%)。
2時点間でいじめられた子の割合が減少したのは68クラスで、その中で、初回の調査でも2回目の調査でもいじめを受けていた子が96人いました。2時点間でいじめられた子の割合が変わらなかったか、増加したのは41クラスで、その中で、初回の調査でも2回目の調査でもいじめを受けていた子が74人いました。
初回の調査でも2回目の調査でも、クラス人数に占めるいじめ被害児の割合を計算。2回目の調査におけるいじめ被害児の割合から1回目の調査におけるいじめ被害児の割合を引き算。この値の範囲は-.38~.25(平均値-.05, SD = .10)。統制クラスで平均値-.03(SD = .11)、 KiVaクラスで平均値-.06(SD = .09)で有意差が検出され、KiVaプログラムの効果が確認されました。
初回の調査で抑うつ、社交不安、仲間からの擁護が高かった順に、1回目の調査でも2回目の調査でもいじめ被害があった群(以下stable群とする)・初回の調査のみいじめ被害があった群(以下T1群とする)>2回目の調査のみいじめ被害があった群(以下T2群とする)・どの調査でもいじめ被害がなかった群(以下No群とする)となりました。他のどの群よりも、stable群の方がいじめ被害頻度が高くなりました。
初回調査での仲間受容が低かった順に、stable群・T2群 < T1群・No群となりました。
2回目の調査では、抑うつは他のどの群よりも、stable群で高くなりました。ただ、社交不安、いじめ被害頻度、仲間からの擁護は、T2群との有意差は検出されませんでした(他の2群との差は検出されました)。
2回目の調査での仲間受容は、No群よりもstable群の方が低くなりました。しかし、stable群の仲間受容は、T1群の仲間受容やT2群の仲間受容と有意差が検出されませんでした。
いじめを受けている子の割合が低下したクラスといじめ被害児の割合が低下しなかったクラスとで、stable群のいじめ被害頻度の変化に有意差は検出されませんでした。
いじめ被害児の割合が一定または増加したクラスと比較して、いじめ被害児の割合が低下したクラスは、2回目の調査時点でのstable群の抑うつ、社交不安が悪化しました。初回調査での抑うつが高いと2回目の調査での抑うつが高く、これは社交不安でも同様でした。
2回目の調査でいじめられていると、抑うつ、社交不安が高い傾向にありました。性別、学年、初回調査でのいじめ被害、クラスの大きさ(生徒数)、初回調査でのいじめ被害児の割合は、2回目の調査での抑うつ、社交不安を予測しませんでした。
なお、ネストされた統計解析において、学校レベルでの差はほとんどありませんでした。KiVaプログラム受講の有無では、2回目の調査時点での抑うつの予測ができませんでした。しかし、stable群はKiVaプログラムを実施しているクラスにいると、2回目の調査時点での社交不安が高くなりました。いじめられる児童の割合の減少が抑うつや社交不安に与える影響は、KiVaプログラムの実施の有無によって違うとはいえませんでした。
いじめ被害児の割合が低下したクラスは、2回目の調査時点でのstable群の仲間受容、仲間からの擁護が低くなりました(ただし、仲間からの擁護は有意傾向)。学年、いじめ被害頻度、初回調査時点でのいじめ被害児童の割合、クラスの人数、KiVaプログラムの施行の有無の影響は検出されませんでした。初回調査での仲間受容が2回目の調査での仲間受容を、初回調査での仲間からの擁護が2回目の調査での仲間からの擁護を予測しました。いじめ被害児の割合の減少が仲間受容や仲間からの擁護に与える影響は、KiVaプログラムを実施しているかどうかとは関係しませんでした。
〇コメント
要点だけまとめると、
1回目の調査でも2回目の調査でもいじめ被害があった群は、初回調査時点ですでに抑うつ、社交不安が高く、仲間受容(クラスメイトからの好感度)が低かったです。しかし、追跡調査後にクラスでのいじめ被害児の割合が低下していると、彼らの抑うつ、社交不安はさらに増強され、仲間受容が低くなりました。また、これらのいじめられる児童の割合の低下による、いじめられ続けられている子供への心理的、社会的悪影響は、いじめ対策プログラム、KiVaの実施の有無とは無関係に生じました。むしろ、いじめを受け続けている子供は、KiVaを実施しているクラスにいる方が後の社交不安が高くなりやすかったです。
KiVaプログラムは、いじめ被害者への支援環境を造成するものです。この特性から、研究者の仮説は、いじめの減少に伴う、残された子供への悪影響は、KiVaプログラムで緩和されるだろうというものでした。しかし、実際の結果は研究者の仮説とは違うものでした。いじめの減少による残された子供への悪影響を低減させる反いじめプログラムの開発が望まれます。
いじめ被害の悪影響については様々な研究がありますが、中には幼少期のいじめ被害の影響が何十年間も持続するという報告は、(個人的に)衝撃的です。いわく、子供の頃にいじめを受けた人は23歳だけでなく、50歳になっても精神的苦痛が高いままで、45歳でのうつ病、不安症(不安障害)、自殺傾向のリスクが高く、50歳での社会的関係が乏しく、経済的苦難を抱え、QoL(生活の質)が低いそうです(Takizawa et al., 2014)。
ただ、いじめられることが子供の適応に与える影響は社会的文脈に依存します。自分以外にいじめられている子が少ないと、他の子から受け入れてもらえていると感じにくく、抑うつが高く、自尊感情が低く、社交不安が高い傾向にあるとされます。他方で、いじめ被害率の変化が子供の適応に与える影響について調べた研究はこれまでありませんでした。で、本研究となります。
いじめ撲滅が必要なのは、1つにいじめが被害者に与える負の影響にあります。しかし、本研究によれば、いじめの減少は、いじめ続けられている子供にとって有害で、むしろいじめは減らない方が良いようです。とはいっても、やはり完全にいじめがなくなった方が良いのでしょうが、いじめは進化による適応的方略の産物であると考える研究者もおり(Volk et al., 2012)、もしこれが確からしいのならば、進化の過程で発達したものは容易になくせるものではありません。
★なぜ、いじめが減った方がいじめられ続けている子供の心理的、社会的適応を阻害するのか?
クラスでいじめられている子が低下する方が、いじめを受け続けている子供にとって心理的にも社会的にも非適応となるのは、他の子がいじめられているのを目撃することが少なくなることが一因だと考えられます。他のいじめられっ子の存在は、いじめ被害を受けている子の屈辱感、否定的自己観を和らげ、自己非難が弱くなります。
クラスでいじめを受ける子の割合が低下すると、残された子供へのいじめが強まったり、頻度が多くなったりする可能性もあります。これも、いじめが減っている中で、いじめられ続ける子のメンタルヘルスが悪化しやすいことの理由だと考えられます。しかし、本研究では、いじめ被害児の割合が低下したクラスといじめ被害児の割合が低下しなかったクラスとで、stable群のいじめ被害頻度の変化に有意差は検出されませんでした。ただし、いじめの深刻さに関する解析はしていませんので、この点に関しては不明のままです。
また、いじめられている子同士が友達になることが、内在化問題の増悪を防いでいるとも考えられます。逆に、いじめを受けている子が少ないと、いじめ被害を受けている子にとって同じようにいじめを受けている子の方が少数のため、他の子から好かれることが少なく、受容されにくいとされます。ソーシャルネットワーク研究によれば、同じいじめっ子から被害を受けている子同士で好感度が互いに高い傾向にあるという報告もあるそうです(詳しくは本文を参照のこと)。
論文では、いじめ被害を受けている子の割合の低下が、残された子の精神的健康を損なうのは、自責の念やいじめの原因に関する内的帰属が強まり、いじめられる理由・状態の帰属が安定しこれからもずっといじめを受けると思い、統制不能感が高まるからだと議論されています。かつていじめを受けていた子は、再びいじめられるのを恐れて、過去からずっといじめられている子と友人関係を維持しようとはしなくなり、いじめを受け続けている子に悪影響を与える可能性にも言及があります。
いじめが減少しているクラスで、いじめられ続ける子は目立ちます。これが仲間受容を低下させます。クラス全体としてはいじめが減っているのにいじめられ続けているのは、それ相応の理由がその子にあるからだろうということになり、いじめへの介入、サポートが低下します。いじめっ子が同じだと、被害児は互いに擁護しようとする傾向がありますが、クラスでいじめが減少すると、擁護されることも少なくなります。
論文の考察では社会的比較理論と帰属理論による説明がされています(帰属の問題についてはすでに上述しました)。社会的比較理論によれば、自分と同じようにいじめられている子が多いと、自分より上の子と比較(上方比較)することが少ないです。人には自分と似た人と自己とを比べる癖があり、いじめられている子はいじめられている他の子と自己とを比較する傾向が高いと考えられます。しかし、いじめられている他の子がいじめられなくなると、上方比較優勢になってしまい、内在化問題が悪化するというのです。
ただ、社会的比較理論にしろ帰属理論にしろ、本研究だけでは、あくまで仮説の域を出ません。これから実証的に検証していくことが望まれます。また、本記事で取り上げた研究ではbully-victimsについて言及がありませんでした。bully-victimsとは、他者をいじめる加害者であると同時にいじめられる被害者でもある人達のことで、いじめ研究におけるトピックの1つになっています。
仮に場面緘黙児がいじめられていたとしましょう。また、場面緘黙児は他の子と比較して、自分から積極的に自らの状況を訴えないものとします。すると、他の子のいじめ被害対策ばかり優先され、緘黙児のいじめ被害対策が後回しになるかもしれません。だとしたら、いじめ被害が継続している緘黙児の心理的、社会的適応が、いじめの減少で困難になる可能性があります。
〇引用文献(アブストラクトだけ読みました)
Takizawa, R., Maughan, B., & Arseneault, L. (2014). Adult health outcomes of childhood bullying victimization: evidence from a five-decade longitudinal British birth cohort. American Journal of Psychiatry, 171(7), 777-784. doi:10.1176/appi.ajp.2014.13101401.
Volk, A. A., Camilleri, J. A., Dane, A. V., & Marini, Z. A. (2012). Is adolescent bullying an evolutionary adaptation? Aggressive Behavior, 38(3), 222-238. DOI:10.1002/ab.21418.
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Comment
193
大変興味深い研究ですね
いじめ被害経験者としてもっと明かされることを願いたいです
多重迷走神経理論も最近取り上げられるように
精神的な面だけではなく身体面にも影響ありそうですね
いじめ被害経験者としてもっと明かされることを願いたいです
多重迷走神経理論も最近取り上げられるように
精神的な面だけではなく身体面にも影響ありそうですね
194
Re: タイトルなし
コメント、ありがとうございます。多重迷走神経理論について私は知らないのですが、身体の健康への影響も気になりますね。
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