「問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。
2021.08.31
興味深い研究成果をすべてネタにできればいいのですが、生憎そうもいきません。そこで、論文アブストラクト(抄録)だけ読んだ不安(障害)・恐怖に関する興味深い論文を取り上げます。
なぜ不安(障害)・恐怖なのかというと、場面緘黙(選択性緘黙)児は不安が高いか、もしくは不安障害(不安症)を併存していることが多いという知見があるからです。さらに、米国精神医学会(APA)が発行するDSM-5では場面緘黙症が不安障害になりました。
今回は、不安症に傷跡なんてないという内容の論文です。ここでいう傷跡とはいわゆる後遺症と似ているかもしれません。
なお、不安(障害)・恐怖以外の興味深い(面白い)研究については『心と脳の探求-心理学、神経科学の面白い研究』をご覧ください。
新ブログ『心理学・脳科学・動物行動学アブストラクト』も設立したので、時間があればのぞいてやってください(参考記事⇒新ブログ『心理学・脳科学・動物行動学アブストラクト』開設のお知らせ)。
最近の記事1⇒身体的魅力が高い人は進化心理学を支持する傾向が強い
最近の記事2⇒アルバート坊やの実験は恐怖条件づけのエビデンスとしては弱い
最近の記事3⇒ソーシャルサポート授受のバランスが良いと全死因死亡リスクが低い
最近の記事4⇒ストレッサー経験が翌日の職場を予測する
Schopman, S. M. E., ten Have, M., van Dorsselaer, S., de Graaf, R., & Batelaan, N. M. (2017). Limited Functioning After Remission of an Anxiety Disorder as a Trait Effect Versus a Scar Effect: Results of a Longitudinal General Population Study. Journal of Clinical Psychiatry, 78(3), pii: 16m11256. doi: 10.4088/JCP.16m11256
オランダのアムステルダム自由大学医療センター精神医学科、 GGZ InGeest精神医療病院、蘭国精神衛生嗜癖研究所の研究者による論文です。
〇目的
不安症の寛解後でも機能障害が持続することがあります。寛解後の精神機能・身体機能の障害は、不安症の発病前からの低機能が持続している特性効果と不安症の最中に発生して、たとえ不安症そのものから回復したとしても持続する傷跡効果の2種類があります。そこで、本研究の目的は、不安症の寛解後の機能障害が特性効果によるのか、それとも傷跡効果によるのか、あるいは両方によるのか調べることとしました。
〇方法
データはオランダ精神保健調査発生率研究-2(Netherlands Mental Health Survey and Incidence Study-2,NEMESIS-2)から抽出。NEMESIS-2とは、一般集団を対象にした前向きデザインの精神医学疫学研究のことです。3 waveデザインで、ファローアップ期間は6年間、研究開始は2007年で、研究終了は2015年でした。
不安症(DSM-IV準拠)に関する情報は、WHO統合国際診断面接(Composite International Diagnostic Interview,CIDI)に則って収集。機能のアセスメントは、SF-36®(Medical Outcomes Study 36-Item Short Form Health Survey)によりました。SF-36®とは健康関連QoLを評価するためのツールのことです。
特性効果の評価は被験者間比較(参加者間比較)で、傷跡効果の評価は被験者内比較(参加者内比較)で実施。
〇結果
健康統制群と比較して、不安症群は不安症の発症前にすでに精神機能と身体機能の障害がありました(特性効果)。6年のファローアップ中に寛解した不安症群においては、寛解後の機能は不安症を発症する前のベースラインの機能と同程度でした。このことは傷跡効果がないことを示唆します。ただ、再発性の不安症を患うサブグループにおいては、精神機能の傷跡が認められる傾向がありました。
〇コメント
これらの結果から、論文著者は不安症の寛解後も持続する機能上の制約の多くは、精神障害を発症する前からある既存の特性効果を反映していると指摘しています。
論文では、機能レベルが低いと再燃・再発しやすいので、機能の向上に向けての投資には価値があるとしています。しかし、そんなに上手くいくでしょうか?というのも、うつ病患者の研究ですが、デスクトップでの訓練の場合と比較して、より実生活に近いバーチャルリアリティでの認知訓練を行っても、様々な神経心理学的能力だけでなく、認識・パフォーマンス速度、空間定位、日々の認知障害に対する自己知覚、日常生活に近い買い物課題の成績が向上したとはいえないという結果が報告されているからです(Dehn et al., 2018)。このうつ病患者への介入研究では、デスクトップアプリかバーチャルリアリティを活用した新しい訓練装置を使って、バーチャルのスーパーマーケットで買い物リストの商品を学習、購入する8日間のトレーニング・プログラムの効果を検証、比較したものでした。
うつ病でも似たような研究があります(Bos et al., 2018)。
ベースラインでうつ病(大うつ病性障害)の診断をこれまで受けたことがない人達で初めのファローアップ中に初回発症抑うつエピソードを呈した群は、健康統制群と比較してベースラインの時点ですでに精神機能も身体機能も低く、これは重篤なエピソードを示した人で特に顕著でした。このことは抑うつ状態になりやすい人はそもそも最初から精神機能・身体機能が低い脆弱性を抱えていることを示唆します。
対照的に、ベースライン後に抑うつエピソードを発症し、調査のthird wave時点では寛解していた人達の病前、病後の機能を比較しても、精神機能、身体機能に抑うつの傷跡が生じていたという頑健なエビデンスは得られませんでした。たしかに、他の要因を調整しない解析では身体機能は病後でも低いままでしたが、調整済み解析ではそんなことはありませんでした。
これらの結果から、Bos et al.(2018)はうつの寛解後の機能障害は、うつになってから生じる傷跡よりもうつを発症する前からすでに存在している脆弱性を反映していると結論しています。
〇引用文献(アブストラクトだけ読みました)
Bos, E. H., ten Have, M., van Dorsselaer, S., Jeronimus, B. F., de Graaf, R., & de Jonge, P. (2018). Functioning before and after a major depressive episode: pre-existing vulnerability or scar? A prospective three-wave population-based study. Psychological Medicine, 48(13), 2264-2272. DOI: 10.1017/S0033291717003798
Dehn, L. B., Kater, L., Piefke, M., Botsch, M., Driessen, M., & Beblo, T. (2018). Training in a comprehensive everyday-like virtual reality environment compared to computerized cognitive training for patients with depression. Computers in Human Behavior, 79, 40-52. doi: 10.1016/j.chb.2017.10.019
なぜ不安(障害)・恐怖なのかというと、場面緘黙(選択性緘黙)児は不安が高いか、もしくは不安障害(不安症)を併存していることが多いという知見があるからです。さらに、米国精神医学会(APA)が発行するDSM-5では場面緘黙症が不安障害になりました。
今回は、不安症に傷跡なんてないという内容の論文です。ここでいう傷跡とはいわゆる後遺症と似ているかもしれません。
なお、不安(障害)・恐怖以外の興味深い(面白い)研究については『心と脳の探求-心理学、神経科学の面白い研究』をご覧ください。
新ブログ『心理学・脳科学・動物行動学アブストラクト』も設立したので、時間があればのぞいてやってください(参考記事⇒新ブログ『心理学・脳科学・動物行動学アブストラクト』開設のお知らせ)。
最近の記事1⇒身体的魅力が高い人は進化心理学を支持する傾向が強い
最近の記事2⇒アルバート坊やの実験は恐怖条件づけのエビデンスとしては弱い
最近の記事3⇒ソーシャルサポート授受のバランスが良いと全死因死亡リスクが低い
最近の記事4⇒ストレッサー経験が翌日の職場を予測する
Schopman, S. M. E., ten Have, M., van Dorsselaer, S., de Graaf, R., & Batelaan, N. M. (2017). Limited Functioning After Remission of an Anxiety Disorder as a Trait Effect Versus a Scar Effect: Results of a Longitudinal General Population Study. Journal of Clinical Psychiatry, 78(3), pii: 16m11256. doi: 10.4088/JCP.16m11256
オランダのアムステルダム自由大学医療センター精神医学科、 GGZ InGeest精神医療病院、蘭国精神衛生嗜癖研究所の研究者による論文です。
〇目的
不安症の寛解後でも機能障害が持続することがあります。寛解後の精神機能・身体機能の障害は、不安症の発病前からの低機能が持続している特性効果と不安症の最中に発生して、たとえ不安症そのものから回復したとしても持続する傷跡効果の2種類があります。そこで、本研究の目的は、不安症の寛解後の機能障害が特性効果によるのか、それとも傷跡効果によるのか、あるいは両方によるのか調べることとしました。
〇方法
データはオランダ精神保健調査発生率研究-2(Netherlands Mental Health Survey and Incidence Study-2,NEMESIS-2)から抽出。NEMESIS-2とは、一般集団を対象にした前向きデザインの精神医学疫学研究のことです。3 waveデザインで、ファローアップ期間は6年間、研究開始は2007年で、研究終了は2015年でした。
不安症(DSM-IV準拠)に関する情報は、WHO統合国際診断面接(Composite International Diagnostic Interview,CIDI)に則って収集。機能のアセスメントは、SF-36®(Medical Outcomes Study 36-Item Short Form Health Survey)によりました。SF-36®とは健康関連QoLを評価するためのツールのことです。
特性効果の評価は被験者間比較(参加者間比較)で、傷跡効果の評価は被験者内比較(参加者内比較)で実施。
〇結果
健康統制群と比較して、不安症群は不安症の発症前にすでに精神機能と身体機能の障害がありました(特性効果)。6年のファローアップ中に寛解した不安症群においては、寛解後の機能は不安症を発症する前のベースラインの機能と同程度でした。このことは傷跡効果がないことを示唆します。ただ、再発性の不安症を患うサブグループにおいては、精神機能の傷跡が認められる傾向がありました。
〇コメント
これらの結果から、論文著者は不安症の寛解後も持続する機能上の制約の多くは、精神障害を発症する前からある既存の特性効果を反映していると指摘しています。
論文では、機能レベルが低いと再燃・再発しやすいので、機能の向上に向けての投資には価値があるとしています。しかし、そんなに上手くいくでしょうか?というのも、うつ病患者の研究ですが、デスクトップでの訓練の場合と比較して、より実生活に近いバーチャルリアリティでの認知訓練を行っても、様々な神経心理学的能力だけでなく、認識・パフォーマンス速度、空間定位、日々の認知障害に対する自己知覚、日常生活に近い買い物課題の成績が向上したとはいえないという結果が報告されているからです(Dehn et al., 2018)。このうつ病患者への介入研究では、デスクトップアプリかバーチャルリアリティを活用した新しい訓練装置を使って、バーチャルのスーパーマーケットで買い物リストの商品を学習、購入する8日間のトレーニング・プログラムの効果を検証、比較したものでした。
●うつ病でも痕跡効果は認められない
うつ病でも似たような研究があります(Bos et al., 2018)。
ベースラインでうつ病(大うつ病性障害)の診断をこれまで受けたことがない人達で初めのファローアップ中に初回発症抑うつエピソードを呈した群は、健康統制群と比較してベースラインの時点ですでに精神機能も身体機能も低く、これは重篤なエピソードを示した人で特に顕著でした。このことは抑うつ状態になりやすい人はそもそも最初から精神機能・身体機能が低い脆弱性を抱えていることを示唆します。
対照的に、ベースライン後に抑うつエピソードを発症し、調査のthird wave時点では寛解していた人達の病前、病後の機能を比較しても、精神機能、身体機能に抑うつの傷跡が生じていたという頑健なエビデンスは得られませんでした。たしかに、他の要因を調整しない解析では身体機能は病後でも低いままでしたが、調整済み解析ではそんなことはありませんでした。
これらの結果から、Bos et al.(2018)はうつの寛解後の機能障害は、うつになってから生じる傷跡よりもうつを発症する前からすでに存在している脆弱性を反映していると結論しています。
〇引用文献(アブストラクトだけ読みました)
Bos, E. H., ten Have, M., van Dorsselaer, S., Jeronimus, B. F., de Graaf, R., & de Jonge, P. (2018). Functioning before and after a major depressive episode: pre-existing vulnerability or scar? A prospective three-wave population-based study. Psychological Medicine, 48(13), 2264-2272. DOI: 10.1017/S0033291717003798
Dehn, L. B., Kater, L., Piefke, M., Botsch, M., Driessen, M., & Beblo, T. (2018). Training in a comprehensive everyday-like virtual reality environment compared to computerized cognitive training for patients with depression. Computers in Human Behavior, 79, 40-52. doi: 10.1016/j.chb.2017.10.019
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