基底外側扁桃体損傷者は脅威の身体ジェスチャーを無視するのが苦手 | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

ウルバッハ・ビーテ病(ウルバッハ・ヴィーデ類脂質蛋白症)とは常染色体の劣性遺伝子によって受け継がれる遺伝性疾患のことです。別名は遺伝性ヒアリン皮膚粘膜蓄積症。ウルバッハ・ビーテ病の原因はECM1(extracellular matrix protein 1)という細胞外マトリックスタンパク質1遺伝子の変異だと言われていますが、他に病因があるかどうかは私は知りません。ECM1遺伝子は1q21.2染色体上にあります。なお、本来ならば遺伝子はイタリック表記ですが、ここではあえてECM1遺伝子などと書いています。

ウルバッハ・ビーテ病の症状には個人差があります。ですが、皮膚の病気なので、皮膚、粘膜、器官・臓器にヒアリンが沈着していくのが主な症状です。皮膚や粘膜が厚くなるのですが、それが声帯におこると声がかすれたり、しわがれ声になったりします。声のかすれは生後すぐに生じるケースが多いです。皮膚に怪我をすると回復しにくいです。ウルバッハ・ビーテ病患者の寿命は正常範囲内です。

ウルバッハ・ビーテ病の神経学的症状は内側側頭葉の石灰化です。側頭葉内側部には扁桃体があります。なので、扁桃体が石灰化している患者さんは扁桃体の役割の解明のための実験に協力することがあります。今回もその1つですが、扁桃体の内基底外側部という部分に損傷が限局している点が他の扁桃体損傷研究とは異なるところです。

De Gelder, B., Terburg, D., Morgan, B., Hortensius, R., Stein, D. J., & van Honk, J. (2014). The role of human basolateral amygdala in ambiguous social threat perception. Cortex, 52, 28-34. doi:10.1016/j.cortex.2013.12.010.

★概要

○方法

南アフリカのウルバッハ・ビーテ病患者3人と健康人12人が実験に参加。全員女性でどちらも平均年齢が32歳。IQ(言語性IQ・動作性IQ・全検査IQ)もマッチング。患者群は構造的MRI(structural MRI:sMRI)と機能的MRI(functional MRI:fMRI)により石灰化症状が左右の基底外側扁桃体に限局していることを確認(つまり基底外側核以外の中心内側扁桃体や表層扁桃体は損傷していない)。ちなみに患者3人は南アフリカのウルバッハ・ビーテ病コホート(Thornton et al., 2008)からの選抜メンバーです。

・顔身体混成課題(Face Body Compound task:FBC課題):刺激は怒り顔・恐怖顔と怒り身体・恐怖身体。顔はともかく、身体表現については少し分かりにくいかもしれないので補足説明。怒り身体は両手に握りこぶしを作っている写真等で、恐怖身体は両手を前に突き出して「止めてくれ!」みたいなジェスチャーをしている写真等のこと。被験者には身体表現を無視して表情を判断するよう教示。一致試行では顔と身体ジェスチャーの情動が一致(例:怒り顔+怒り身体)、不一致試行では顔と身体ジェスチャーの情動に矛盾(例:怒り顔+恐怖身体)。行動指標は正答率や反応時間。アイトラッキングで視線を計測。

・見本合わせ課題(Sample-to-Match Task:SMT):身体表出行為刺激検査(Bodily Expressive Action Stimulus Test:BEAST)を使用し、身体表出による情動認知力を評価。指示された身体表現の情動と同じ情動を持つ身体表現を二選択肢から選択。情動は怒り、幸福、恐怖、悲しみ。刺激の呈示時間は反応終了まで。指標は反応時間と正答率。

*見本合わせ課題にはMatching-to-Sample Task(MST)やMatch-to-Sample Task(MST)という表現もありますが、ここではSample-to-Match Taskとなっていました。何か違いでもあるのでしょうか?なお、見本合わせ課題とは見本刺激と一致する刺激を選択すると正解になる課題のことです。反対に見本刺激と違う刺激を選択したら正解になる課題のことを非見本合わせ課題といいます。

・三肢強制選択課題(three Alternative Forced Choice task:3AFC課題):呈示された身体情動が怒りか幸福か恐怖かを判断。反応時間や正答率を記録。アイトラッキングで視線を計測。

・エリクセンのフランカー課題(Eriksen Flanker Task:EFT)修正版:フランカー課題とは複数の記号や文字が並んでいる刺激列の真ん中を答える課題のことです。たとえば、XXXXX(一致試行)だとX、XXYXX(不一致試行)だとYと答えなければいけません(実際には直接X・Yと回答するのではなく、試行の種類によってボタン押し反応を左手で行うか右手で行うかをあらかじめ決めておくことが多いようです)。一致試行よりも不一致試行の方が反応時間や誤答率が高くなることが知られています。フランカー課題は葛藤課題・干渉課題に位置付けられます。フランカー課題の刺激は非社会的・非情動的なものなので、仮にFBC課題の不一致試行で患者の成績が悪かったとしたらその障害が社会的・情動的刺激に特異的なのかそうでないのか判断するためにフランカー課題を使用しています。指標は正答率と反応時間。

○結果

顔身体混成課題(FBC課題):ウルバッハ・ビーテ病群は一致試行で恐怖顔や怒り顔の認知成績が統制群と同等でした。しかし、不一致試行では恐怖顔、怒り顔ともに認知成績が統制群よりも低くなりました(ただし、怒り顔は有意傾向)。事実、不一致効果は統制群よりも患者群で大きくなりました(表情の種類は問わない)。反応時間の群間差は検出されず。

*不一致効果とは不一致得点(不一致試行の正解率マイナス一致試行の正解率)のことで、マイナスになるほど不一致効果が大きいと判断されます。

一方、FBC課題でも三肢強制選択課題(3AFC課題)でも顔や身体部位への視線の向け方(固視時間・固視率)にはウルバッハ・ビーテ病群と統制群の間で何の有意差も検出されませんでした⇒不一致効果の群間差は顔や身体部位への注意の向け方の違いでは説明できない(なお、FBC課題ではそのほかの身体部位よりも顔への固視時間・固視率が高く、群間に違いがないことから、健康人でも患者でも教示の「身体表現を無視して顔の表情を判断する」ことができていると解釈されました)。

ここでのアイトラッキングの固視とは最低でも100msは視線の移動が1゜以内の状態であるということ(要するにずっと同じところを見ているという意味)。固視時間(fixation duration)とは固視の平均持続時間のことで、固視率とは全固視数に対する特定の部位への固視数の割合のこと。

ウルバッハ・ビーテ病群は統制群と情動の身体的表現の認知力(反応時間と正答率)に有意差が検出されませんでした。見本合わせ課題でも3AFC課題でも患者群は身体の情動表現の認知力が正常でした。

エリクセンのフランカー課題(EFT)修正版では一致試行よりも不一致試行でエラー率が高く、反応が遅くなりました。いずれの指標でも群間差は検出されませんでした⇒フランカー課題の干渉効果はウルバッハ・ビーテ病であろうとそうでなかろうと生じ、両群に意味のある差があるとはいえない。

★コメント

以上をまとめると、扁桃体基底外側部を損傷し中心内側扁桃体や表層扁桃体には損傷がないウルバッハ・ビーテ病の女性は

・身体による情動表現の認知力に障害はなく、顔や身体部位への視線の向け方(固視時間・固視率)にも異常はなく、顔身体混成課題の一致試行での恐怖顔や怒り顔の認知成績は正常で、フランカー課題の干渉効果も健康女性と変わらない

・しかし、顔身体混成課題で顔と身体ジェスチャーの情動に矛盾がある不一致試行では怒り顔は有意傾向であるものの、恐怖顔の表情認知成績は統制群よりも有意に低い。また、恐怖顔・怒り顔ともに不一致効果は患者群で大きい。

となります。これらの結果から脳損傷が扁桃体基底外側部に限局している女性は表情認知の際に無関係で表情とは異なる情動を示している身体ジェスチャーを無視することが苦手だといえます。つまり、身体による情動表現に敏感だということです(論文中では患者群は曖昧性への感受性が高いという表現もされています)。これは顔や身体の情動表現を理解できないことによるのではないし、視線の異常が原因でもない。また、フランカー課題の成績が正常だったことから、単に葛藤解決一般が障害されているのが原因ではないといえます。

本研究成果の説明として論文では扁桃体基底外側部が損傷していると、情動の身体表現自体の顕著性が高まる可能性と顔・身体の知覚段階には異常はないけど、顔知覚と身体知覚を統合する後期段階で曖昧な刺激の意味に対する感受性が高まった可能性の2つが考察されていました。これ(ら)は扁桃体基底外側部が扁桃体中心内側部を制御し、不安や恐怖をコントロールしているとされることが根拠になっています。

参考記事⇒扁桃体には不安・恐怖を抑制する機能もある

実験参加者は全員女性ということなので、男性に関しては未解明です。

他の実験の2年前にフランカー課題を実施していたのですが、病気の特性を踏まえると少々疑問が出てきます。一般にウルバッハ・ビーテ病での脳の石灰化は進行性の症状といわれているので、時間的な間隔があると脳の病変状態が異なる可能性がでてきます。もしも2年後にフランカー課題を行い、成績が悪かったら、FBC課題での顔-身体不一致試行での表情認知力の低下が社会的・情動的刺激に特異的なものではなく、非社会的・非情動的刺激でも葛藤解決力の低下が生じていた可能性があります。

FBC課題での身体情動は怒りと恐怖しか用いていませんでした。今後幸せ情動や中性情動を用いた干渉効果の検討が望まれます。顔刺激も怒りと恐怖だけだったので、こちらもポジティブ表情や中性表情を用いた検証実験が必要です。これにより、本研究で見いだされた扁桃体基底外側部損傷群での不一致試行の成績の低さが脅威情動特異的なのかそれとも他の情動価でも生じるのかが判明します。

扁桃体基底外側部損傷群は怒り・恐怖・幸福・悲しみの身体的表現の認知力が統制群と同等でした。これは動的な表情認知課題で扁桃体基底外側部損傷群の方が100%強度の恐怖表情の認知力が高いという先行研究(Terburg et al., 2012)とは対照的です。もしかしたら、扁桃体基底外側部は身体の情動表現の認知には直接的に関与していないが、恐怖表情の認知には関与しているかもしれず、顔と身体で情動の認知システムを支える神経機構に違いがあることを示唆します。

ただし、先行研究によると、静的表情認知課題では扁桃体基底外側部損傷群の方が口を見る時間が長いという違いはあるが、表情認知力には有意差が検出されていませんでした(Terburg et al., 2012)。したがって、扁桃体基底外側部損傷群は身体ジェスチャーの情動を統制群同様に認知できるという本研究の結果は単に実験課題が静的であったからという可能性もあります。ゆえに、身体による情動表現の実験でも動的課題を用いて情動認知力の検査をする必要があります。

表情認知力そのものに群間差があった可能性があります。しかし、FBC課題で身体情動と顔情動が一致している場合、ウルバッハ・ビーテ病群に表情認知力の異常が認められなかったことから、一定の表情認知力は保持していると考えられます。しかし、FBC課題は身体表現も混ざった刺激を用いた課題なので、顔だけの実験も施行してほしいところです。

ところで、扁桃体は情動処理以外にも報酬処理にも関与しているとされます。たとえば、ラットには通常パートナーに報酬をあげる向社会性があるのですが、扁桃体基底外側部損傷ラットはパートナーに報酬を与えず、自分だけで報酬を独占するという研究発表があります(Hernandez-Lallement et al., 2016)。たとえ脳損傷が片側の半球だけであっても扁桃体損傷患者は信頼ゲームで相手を信頼しすぎることを示唆した研究(Koscik & Tranel, 2011)もあります。扁桃体の損傷部位が基底外側核に限局した人間で信頼ゲームや報酬の共有実験をすると興味深い知見が得られるかもしれません。基底外側扁桃体損傷者は自己中心的行動が多いのか、それとも向社会的行動が多いのかという問題です。

他には先行学習に基づく報酬量の予測は扁桃体基底外側核のスパイク活動に反映されているけど、同側の眼窩前頭葉を損傷したら連関が消失するので、基底外側核での報酬の予測表象は眼窩前頭葉に依存するという研究報告がされています(Lucantonio et al., 2015)。いずれにせよ、扁桃体が異常だという社交不安障害(社会不安障害,社交不安症)でも報酬系の異常性が指摘されているので、扁桃体の報酬処理への関与は精神医学的にも重要な知見です。社交不安障害での報酬系の異常はMonetary Incentive Delay task(金銭報酬遅延課題:MID課題)(Guyer et al., 2012)信頼ゲーム(Sripada et al., 2013)で見出されていますし、社交不安障害のリスク要因である行動抑制(抑制的気質)が乳幼児期に強かった人は自身の選択が報酬獲得の有無に影響する時に報酬系が活発に働く(Bar-Haim et al., 2009)し、行動抑制と社会的報酬系の異常が関係するという指摘(Guyer et al., 2014)もされています。

さらに親が子供の不安を評定した場合、乳幼児期の行動抑制と青年期の不安の関係が強くなるのは報酬系の活動が高い人で、ドーパミンD4受容体遺伝子多型(DRD4)の関与(Pérez-Edgar et al., 2014)も報告されています。また、「魅力を感じている人から褒め言葉をもらうと不安になるだろう」といった肯定的評価恐怖(俗にいうと褒められ恐怖)が社交不安が高い人で高いことが分かってきており、肯定的評価恐怖と報酬系の異常性は何らかの関係があるのではないかと思っています(私の記憶する限り、実際に関係性を指摘した論文は2015年末時点でありません)。

参考記事1⇒緘黙児・緘黙者は褒められることが怖いか?

参考記事2⇒社交不安→ポジティブ評価恐怖尺度得点が高い→注意バイアス

○引用文献(アブストラクトだけ読みました)
Hernandez-Lallement, J., van Wingerden, M., Schäble, S., & Kalenscher, T. (2016). Basolateral amygdala lesions abolish mutual reward preferences in rats. Neurobiology of Learning & Memory, 127, 1-9. doi:10.1016/j.nlm.2015.11.004.

Lucantonio, F., Gardner, M. P., Mirenzi, A., Newman, L. E., Takahashi, Y. K., & Schoenbaum, G. (2015). Neural Estimates of Imagined Outcomes in Basolateral Amygdala Depend on Orbitofrontal Cortex. Journal of Neuroscience, 35(50), 16521-16530. doi: 10.1523/JNEUROSCI.3126-15.2015.

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ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
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緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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