問題を起こさない緘黙児は放置されるか? | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

大人しく、引っ込み思案な場面緘黙児(選択性緘黙児)は学校現場で問題を起こさず、放置される。そういう話がネット上にあります。ところが、そのことを実際に実証した調査報告について触れられているブログやホームページはほとんど、あるいはまったくありません。もし仮にまったく調査がないならば、場面緘黙児の放置問題は仮説にすぎません。そこで、具体的にこの問題を論文に基づき検証してみます。

○清泉女学院短期大学の田中秀明准教授の論文(田中, 2009)

調査対象はS短期大学幼児教育科の女子学生196名(1年生96名,2年生100名)。

なお、調査時期は1年生で夏休みの自主体験実習、幼稚園での教育実習を1度体験した後であり、2年生ではそのほとんどが「2度の幼稚園教育実習と保育所や施設からなる3度の保育実習を終え」ていました。このS短大では『障害児保育』という教科目で「気になる子」や発達障害等を具体的に学ぶそうですが、少なくとも本調査で対象とした女子学生は2年生で履修することになっていました。

調査内容は幼稚園や保育園での実習で「気になる子」の有無、いた場合は気になる点などを自由記述するものでした。障がいがあって気になる子だけでなく、障がいがなくても気になる子に関しても記述を求めました。

調査結果は「『気になる子』が『いた』と回答した者は,1年生84名(88%)2年生98名(98%)」でした。

付表1の「気になる子ども」の自由記述(1年生)を見ると、「多動」が19で最大、次に「集団行動が苦手」の16と続き、21番目に「場面緘黙」で2となっています(同じ数字のものを一括りにすると場面緘黙は10番目)。付表2の「気になる子ども」の自由記述(2年生)でも「多動」が最大の60で、次に「全体行動が苦手」の37、「場面緘黙」は18番目で3となっています(同じ数字のものを一括りにすると場面緘黙は12番目)。

田中(2009)は概して場面緘黙の問題視が少ないという仮説と一致しています。ただし、気になる行動がある割合は多動などと場面緘黙では異なると考えられるので、そこを統制していない点が弱点です。

○臨床発達心理士の金谷京子(聖学院大学こども心理学科教授)による論文(金谷, 2009)

教師が作成した児童実態把握票と巡回相談時に相談員が教師から聞き取ったデータを分析。なお、児童実態把握票は巡回相談のために教師が事前作成したものです。

「データは,3年間の巡回相談結果から得られたS県内小学校18校81件,対象学年は1年生から6年生までと,中学校5校19件,対象学年1年から3年の事例であり,教師が気になると表明した相談対象児童の行動」。

表-1に「小学校教師が『気になる子ども』の行動」として「小学校教諭が記述した相談したいケースの『気になる行動』」がまとめられています。表-1によると、「注意持続困難」が15件と最大で、「学習の偏り・学力不足」が14件、「離席・脱出行動」が13件と続きます。「場面緘黙」は一番最後の1件です。表-2に「中学校教師が『気になる児子ども』の行動(原文ママ)」が掲載されています。表-2によると「学習の偏り・学力不足」が最大の5件で、場面緘黙は0でした。

金谷(2009)も田中(2009)と同じく、概して場面緘黙の問題視が少ないという仮説と一致しています。しかし、やはり田中(2009)と同じく、各々の気になる行動の割合を統制してはいません。

○静岡県富士宮市の「『気になる子』アンケート調査結果」(「気になる子」プロジェクト・チーム, 2007)

静岡県富士宮市は「気になる子」プロジェクト・チームを立ち上げ、平成19年に「気になる子」アンケート調査を実施しました。

調査対象は、「富士宮市内の公立保育園・私立保育園・認可幼稚園・認可外幼稚園のクラス」の「就園している乳幼児(0歳時から5歳児)」。託児施設からの協力の申し出があった場合のみ、施設も対象としました。アンケートの回答者はクラス担任。

公立保育園・私立保育園・認可幼稚園・認可外幼稚園・託児施設全てを合わせた園数は33。同様に総クラス数は208、総園児数は4,391人(1園当たりの平均クラス数は6.3)。

全体で気になる子の割合は10.38%になりました(1クラス当たり平均人数では2.2人)。

気になる行動で一番多かったのが、「なんとなく他の子と違う、遅いと感じる」で187(複数回答可)。次が「切り替えが悪い」の150等々。「その他」は69でしたが、その中に「場面において話せない ― 家庭では普通に話すことができるのに 保育園ではほとんど言葉を発しない」×3とあります。この×3の意味はよく分かりませんが、最も妥当な解釈は3件あったということでしょうか。

静岡県富士宮市の調査結果も概して場面緘黙の問題視が少ないという仮説と一致しています。

○名寄市立大学(短期大学部)の研究者らによる調査(鈴木・傳馬・大山・寺山, 2011)

調査参加者はA大学短期大学部児童学科2年生48名(全て女子大生)。調査は小児保健実習の講義前後と保育実習後の3回(保育実習は保育所や認定こども園で実施)。質問紙を回収できたのは講義前で42名(回収率87.5%)、講義後で31名(回収率64.6%)、保育実習後で15名(回収率31.3%)。講義の前ですでに「保育所と幼稚園は全ての学生が実習済みの状態」。

ここでの気になる子供の行動には「発達障害の有無だけではなく、年齢相応の身体的・精神的・社会的発達段階についても含」みます。5段階評価の質問紙調査で、点数が高いほど気になる行動と感じていることを意味します。合わせて気になる子供に対応できると思うかどうかという質問も実施しました(対応力に関しては結果を省略します)。

小児保健実習の講義は2年前期必修科目でした。その内の第6回の講義「乳幼児の精神運動発達の測定方法と評価」が「気になる子どもの行動」に関するものです。講義には「発達障害を持つ人の二次障害について」という内容もあります。

調査の結果、講義前の時点で気になる行動としてあげられる割合が最大だったのが「こだわり」の4.64でした。次が「無関心」の4.39、「音に対する反応の異常」の4.36で、「かん黙」は3.92と10番目でした。もっとも、ここでの「かん黙」とは「しゃべらない」だけでなく、「何が言いたいのかわからない」や「コミュニケーションにならない」なども含まれているようです。

講義後の調査でも「こだわり」が最大の4.58、次が「無関心」や「激しいかんしゃく」でともに4.38、「かん黙」は4.00で10番目でした(評定値が同じ項目を同じ順位とした場合)。保育実習後の調査でも「こだわり」が4.40と最大で、次に「無関心」の4.18、「激しいかんしゃく」の4.09、「かん黙」は9番目の3.88でした。

なお「気になる子どもの行動」は全部で48項目あり、「かん黙」よりも評定値が低くなった行動として「多動性」や「不注意」、「衝動性」、「ケンカが多い」、「反抗がひどい」などいわゆる外在化問題行動というものがあげられました。ちなみに「不自然な人見知り・分離不安」や「極端な内気」も外在化問題行動よりも気になるかそれと同等という結果になっていました(細かく見ると場合によっては外在化問題行動の方が気になる項目もありますが、ここでは「私の印象では」という意味です)。

少なくとも私の印象では鈴木他(2011)は場面緘黙の問題視が少ないという仮説とは一致しません。というのも、かん黙は多動性などの外在化問題よりも気になると評価されているからです。ただ、一番大きなな欠点はかん黙の定義が場面緘黙症でいうところの緘黙症状とは異なる可能性があることです(もっともこれは場面緘黙症に注目するから欠点に見えるだけかもしれませんが)。

○まとめ

概して、大人しい(場面)緘黙児は気になる子供とはみなされないようです。これは少なくとも子供が幼稚園・保育園(「気になる子」プロジェクト・チーム, 2007; 田中, 2009)、小学校・中学校(金谷, 2009)に在籍している場合に当てはまります。また、気になる子供/行動を評定する人が幼稚園・保育園のクラス担任(「気になる子」プロジェクト・チーム, 2007)でも、短大の女子学生(田中, 2009)でも、小学校や中学校の教師(田中, 2009)でも緘黙行動は気になりにくいようです。

ただし、かん黙は外在化問題行動よりも気になるという反対の結果が出た調査(鈴木他, 2011)もあります。ただ、鈴木他(2011)はかん黙の定義が広く、少し疑問の余地があります。

もっともこれらの結果は実際の教育現場を体験した人が気になる子供/行動を評価した場合の話です。たとえ、短大の女子大生を対象とした研究(鈴木他, 2011; 田中, 2009)であろうとも、彼女らはすでに実習体験を経験済みでした。幼稚園や保育園、認定こども園、小学校、中学校の先生でない一般人や教育実習等を体験していない学生でも同じ結果がでるかどうかは分かりません。たとえば、実習体験をしていない状態では場面緘黙が気になるが、実際に教育現場に立ってみると、他の問題児が気になり始めるという可能性が排除できないわけです。

もっとも以上の議論はあくまでもこれらの調査における緘黙症状が不安障害(不安症)としての場面緘黙症であることを前提にしたものです。一口に緘黙といっても脳損傷や言語発達の問題、心的外傷体験(トラウマ体験)、知的障害、自閉症などその背景は異なります。したがって、先生が気にしているのは不安障害としての緘黙症状ではなく、言語発達の問題などなどを背景とした緘黙症状であるという解釈が可能です。特に鈴木他(2011)はこの可能性に留意する必要がありそうです。これを検証するためには(場面)緘黙症状を含め、様々な問題行動が気になる理由を具体的に質問したり、場面緘黙症状に限定してもっと詳細な調査をするといいでしょう。

○引用文献(URLの確認年月日は2015年5月18日現在)
金谷京子. (2009). 通常学級における特別支援教育の推進: 教室で教師が気になる生徒とは. 聖学院大学論叢, 21(3), 25-30.

「気になる子」プロジェクト・チーム(2007). 別冊「気になる子」アンケート調査結果 1-46. URL:http://www.city.fujinomiya.shizuoka.jp/municipal_government/llti2b000000rsia-att/llti2b000000s8ab.pdf

鈴木敦子・傳馬淳一郎・大山有希・寺山和幸(2011). A短期大学部児童学科学生が抱く気になる子どもの行動に関する調査 -小児保健実習講義前後、実習後を比較して- 名寄市立大学道北地域研究所年報「地域と住民」, 29, 99-108.

田中秀明(2009). 保育者養成校の学生が抱く 「気になる子」 についての基礎的研究. 清泉女学院短期大学研究紀要, 27, 57-65.

○追記(2015年7月1日現在)
もう1つ関連文献が見つかりましたので、少し書いておきます。もっとも関連文献といってもこの論文での「かん黙」記述は先生が緘黙を気にするかどうかというよりもむしろ疫学的な志向性が強いので、単に「気になる行動」という表記が一致するだけにすぎないのですが…。本論文は日本で「かん黙」の追跡調査が行われた研究として特筆に値しますが、「かん黙」はその他大勢の「気になる行動」のリストに埋もれている点が残念です。

松本美佐子・田中笑子・篠原亮次・渡辺多恵子・冨崎悦子・望月由妃子・杉澤悠圭・酒井初恵・安梅勅江(2014). 5歳時の社会能力を予測する3歳時の気になる行動に関する縦断研究 日本保健福祉学会誌, 20(2), 3-13.

担当保育士により記入された「就学前児用社会的スキル尺度」と「気になる子どもの行動チェックリスト」において、2007年と2008年の3歳児(485人、509人)を2年間追跡した縦断研究(Longitudinal Study)です。3歳時の気になる行動の推移や3歳児の気になる行動から2年後の社会能力を予測する行動を抽出することを目的として行われました。

「就学前児用社会的スキル尺度」とは、「協調(orporation)」、「自己制御(self-control)」、「自己表現(assertion)」の3因子構造からなる質問紙のことです。「気になる子どもの行動チェックリスト」とは子どもの行動チェックリスト(D3様式)を参考にした「気になる子ども」の抽出質問票のことです。子どもの行動チェックリスト(D3様式)は本郷一夫『保育の場における「気になる」子どもの理解と対応―特別支援教育への接続(ブレーン出版)』が出典です。この子どもの行動チェックリスト(D3様式)が「子どもの行動チェックリスト(CBCL)に場面緘黙!?」で述べたCBCLの翻訳版なのかどうか私は原典をチェックしていないため分かりません。なお、本郷一夫氏は東北大学大学院教育学研究科・東北大学教育学部の教授(発達心理学が専門)です。また、ブレーン出版は倒産したため、現在は株式会社おうふうから同著が再公刊されています。

↑上のAmazon画像の左側がブレーン出版の本、右側がおうふう出版社の本です。

その結果、3歳児の気になる行動の1つにある「かん黙」が0.96%になりました(N=519)。3歳で「かん黙」がなかった園児514名の内、5歳までに「かん黙」が新たに出現したのは0人でした。一方、3歳で「かん黙」があった園児5名の内、3人(60.00%)が5歳までに「かん黙」状態を抜け出し、2人(40.00%)は「かん黙」状態が継続しました。

なお、5歳での社会能力の低さは3歳で音や光に対する反応の異常、不自然な関係性、無関心、こだわり、激しいかんしゃく、多動、けんかが多い、反抗がひどい、言葉に関する問題、ルール逸脱行動、年齢相応の生活習慣の遅れがみられた場合に顕著となる可能性が示唆されました。

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場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
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Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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