「問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。
2014.07.11

DSM-5とは米国精神医学会が発行する精神疾患の診断・統計マニュアル第5版のことです。英語ではDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th Edition(通称DSM-5)となります。
DSM-5(TM)のTMとは何ぞや?と疑問に思われる方もいらっしゃるでしょうが、私にはよく分かりません。AmazonでDSM-5の原典(英語)の表紙を見ると中央にあるDSM-5の右上に小さくTMという表記があるので、気にしないことにします(Amazon画像参照のこと)。

DSM-5日本語翻訳版では場面緘黙症ではなく、選択性緘黙という言い方が使用されていますので、本記事ではこれに則ります。選択性緘黙を選択的緘黙という専門家もいるみたいですが、ここでは選択性緘黙とします。
xviiiに不安症/不安障害(189)として選択性緘黙が312.23(F94.0)コードでSelective Mutism(195)という英語表記で掲載されています。ただし、DSM-5の出版後、選択性緘黙のコード番号は313.23(F94.0)に変更されており、注意が必要です。
それでは選択性緘黙にまつわるDSM-5の記述をご紹介しましょう。一部省略していますが、それは私が勝手に有名な基本的知識だと独断した事項です。ただし、これはもっともな理由を書いているだけで、本音は面倒臭いだけです。また、全て書くと罪悪感や後ろめたさが強まりますので、これを避ける狙いもあります。内容の質は保証しません。なお、DSM-5原文の記述には一部研究に基づいていない憶測もありますが、それも含めて書いていますので、あらかじめご了承下さい。
○他の精神疾患の項目に登場する緘黙
DSM-5から選択性緘黙は不安症/不安障害になったのですが、それを見る前にその他の精神疾患の項目から見ていきます。これは重要事項を後に回したいという私の勝手な思いからくる独断です。
p.44から始まる語音症/語音障害(Speech Sound Disorder)の鑑別診断(Differential Diagnosis)の項目にて選択性緘黙が上げられています。これによれば「発話症/発話障害(speech disorder)児はその障害による気後れのために選択性緘黙の症状を呈するかもしれない。しかし、選択性緘黙児の多くは家で、または親友がいるなど安心できる状況では普通の発話をする」とのことです。
p.50から始まる自閉症スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害の鑑別診断の項目にて選択性緘黙が列挙されています。これによると「通常、選択性緘黙では早期の発達問題は起こらない。選択性緘黙児は特定の文脈や状況なら適切なコミュニケーションスキルを発揮する。たとえ緘黙する場面であっても社会的相互性は障害されておらず、限局した反復的な行動を示さない」とのことです。
p.202から始まる社交不安症/社交不安障害の鑑別診断の項目にて選択性緘黙が記載されています。これによると「選択性緘黙の人が喋れないのはネガティブ評価の恐怖が原因である可能性がある。しかし、非言語的遊びなど発話が求められない社会的状況ではネガティブ評価を恐れない」とのことです。
社交不安症の合併症の記述(p.208)でも「子供では(社交不安症と)高機能自閉症や選択性緘黙との合併がけっこうある」と書かれています。
他にも統合失調症スペクトラムと他の精神病性障害(Schizophrenia spectrum and other psychotic disorders)やカタトニア(Catatonia)、解離性健忘(Dissociative amnesia)の項目でMutismという単語が登場します。Mutismとは緘黙のことです。カタトニアとは何か?解離性健忘とは何ぞや?という疑問が湧きますが、それは置いておきます。
○不安症/不安障害の項目での選択性緘黙
DSM-IV-TR(DSM第4版改訂版)では選択性緘黙は通常、幼児期、小児期、または青年期に初めて診断される障害/症状(Disorders Usually First Diagnosed in Infancy, Childhood, or Adolescence)に分類されていました。しかし、DSM-5から選択性緘黙は不安症/不安障害(Anxiety Disorders)になりました。
DSM-5での不安症/不安障害の記述順序は発症年齢順です。選択性緘黙が分離不安症/分離不安障害の次にきているのはこのためです。したがって、「選択性緘黙が不安症/不安障害の2番目になってやったあ!」と喜ぶものではありません。
p.195に選択性緘黙の診断基準と症状の説明が載っています。診断基準はDSM-IV-TRと変わりません。ただし、括弧の使い方が変わっていたり、吃音症や広汎性発達障害の表記が変更されていたりします。最後のEではaccounted forがexplainedに変更されています(大意に変化なし)。
●選択性緘黙の診断基準(DSM-5)-定型的な翻訳をコピー&ペーストするだけでは面白くないので、少し新しい工夫を凝らしています。
A.他の状況で話すにもかかわらず、話すことが期待される特定の社会的状況(例:学校)で一貫して話すことが出来ない。原文:Consistent failure to speak in specific social situations in which there is an expectation for speaking (e.g., at school) despite speaking in other situations.
B.この疾患によって教育的成果または職業的成果を達成することや社会的コミュニケーションに支障が生じている。原文:The disturbance interferes with educational or occupational achievement or with social communication.
C.このような状態が少なくとも1カ月以上続いている。ただし、学校の最初の1カ月を超えた持続期間が必要である。 原文:The duration of the disturbance is at least 1 month (not limited to the first month of school).
D.話せないのは社会的状況において必要とされる話し言葉の知識が欠けていたり、上手く話せないからではない。原文:The failure to speak is not attributable to a lack of knowledge of, or comfort with, the spoken language required in the social situation.
E.この疾患はコミュニケーション障害(例:小児発症流暢性障害)ではうまく説明できず、自閉症スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害や統合失調症、その他の精神病性障害の経過中にのみ起こるものではない。 原文:The disturbance is not better explained by a communication disorder (e.g., childhood-onset fluency disorder) and does not occur exclusively during the course of autism spectrum disorder, schizophrenia, or another psychotic disorder.
*小児発症流暢性障害とは吃音症のことです。DSM-IV-TRからDSM-5に改訂された際に名称が変更されました。自閉症スペクトラム症とは広汎性発達障害と呼ばれていたもので、これもDSM-IV-TRからDSM-5になった際の変更の結果です。
●診断的特徴(Diagnostic Features)
特に特筆すべき点はありませんでした。ただし、refuse to speak(直訳すると喋ることを拒否する)という表現が使用されている点がひっかかります。しかし、日本人の"refuse to"の感覚とアメリカ人の"refuse to"の感覚に差がある可能性もあり、一概に誤解を招く表現であるとは言い切れません。また、refuse to speakという表現の前に選択性緘黙は社会不安が高いことが特徴であるという記述がありますから、誤解を生む可能性が低くなっているとも考えられます。
他には選択性緘黙児は非言語的手段(ブツブツと言う、指さす、筆談等)でコミュニケーションすることが時々ある、話すことが求められない場合は社会的な集まりに参加したり、そこで何かしたいと欲することもあるという表現がありました。
●診断を助ける、関連する特徴(Associated Features Supporting Diagnosis)
非常に強いシャイネス、社会的気まずさの恐怖、社会的孤立、引っ込み思案(引きこもり)、しがみついて離れないこと、脅迫行為的特性、拒絶症、癇癪持ち、軽度な反抗行動。
●有病率(Prevalence)
選択性緘黙の有病率は性別や人種/民族性によって異ならないようだと書かれています。選択性緘黙は男児よりも女児の方が多いとされているので、性別で違わないという記述は注目に値します。
●発達と経過(Development and Course)
5歳未満の発症がしばしば。臨床報告は多くの選択性緘黙人が成長するにしたがって、緘黙から回復することを示唆しているが、経過は不明である。選択性緘黙が治っても社交不安症/社交不安障害が持続することもある。
●リスクと予後因子(Risk and Prognostic Factors)
・気質:不明である。しかし、ネガティブな感情(神経質傾向)や行動抑制、親のシャイネス、社会的孤立、社会不安が関与している可能性がある。受容言語能力も通常の範囲にはあるけれど、低いかもしれない(表出言語能力については言及なし)。
・環境:親の社会的行動抑制が子供にとって社会的無口と選択性緘黙のモデルとなっているかもしれない。不安症児や精神障害がない子どもの親と比較して選択性緘黙の親は過保護または支配的・管理的(controlling)だとされている。
・遺伝的・生理学的要因:選択性緘黙と社交不安症の合併が多いから、両者に共通の遺伝的因子がある可能性がある。
●文化に関連した診断上の問題(Culture-Related Diagnostic Issues)
異なる言語が話されている国へ移民した家族の子供は言語知識が不足しているため、新言語で喋らないかもしれない。新言語を理解しているのに、話さないのであれば、選択性緘黙の診断を下すのが良かろう。
●選択性緘黙の機能的結果(Functional Consequences of Selective Mutism)
選択性緘黙児は社会的に孤立しやすい可能性がある(ただし、選択性緘黙児に友人がいる場合もあるという研究もあることに注意)。同年齢児からのからかいで学校や社会的な機能が重篤に障害されていることがありふれている。社会的集まりでの不安覚醒を下げるための代償的方略として選択性緘黙が見られる例もある。
●鑑別診断(Differential Diagnosis)
・コミュニケーション障害:言語障害や語音症/語音障害(speech sound disorder:旧名は音韻障害)、小児発症性流暢性障害(childhood-onset fluency disorder:吃音症のこと)、社会的(語用)コミュニケーション症/社会的(語用)コミュニケーション障害(pragmatic (social) communication disorder)などのコミュニケーション障害によって上手く説明されるスピーチ障害と選択性緘黙は区別されるべきである。選択性緘黙とは違い、これらのスピーチ障害は特定の社会的状況に限定して起きるものではない。
・神経発達障害、統合失調症、その他の精神病性障害:自閉症スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害、統合失調症、その他の精神病性障害、重度の知的障害の人は社会的コミュニケーションに問題があるかもしれない。対照的に選択性緘黙の診断は家で普通に話せるなど喋ることのできる社会的状況がある場合になされるべきである。
・社交不安症(社交恐怖症):社交不安症にみられる社会的不安と社会的回避は選択性緘黙と関連するかもしれない。そのような場合は社交不安症と選択性緘黙の両方の診断を下すことも考慮。
●合併症(Comorbidity)
一番多い合併症は他の不安症/不安障害である。特に社交不安症が多く、次に分離不安症/分離不安障害と特定恐怖症である。 選択性緘黙児に反抗的行動が生じることがあるが、これは発話を必要とする場面に限定されるかもしれない。選択性緘黙児のなかにはコミュニケーション遅延・コミュニケーション障害(コミュニケーション症?)がある子もいるであろう。
なお、p.189に「子供では分離不安症/分離不安障害や選択性緘黙の診断要件の1つである持続期間に柔軟性を持たせ、基準より短くすることもある」との記述があります。
○引用URL(2014年7月10日現在)
オーバーレイク病院医学図書館が公開したDSM-5(PDFファイル)
http://medlib.overlakehospital.org/content/library/DSM5.pdf
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