扁桃体損傷患者でも不安、恐怖等の感情を感じる | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

扁桃体は不安や恐怖の源であると考えられています。事実、社会恐怖症(社会不安障害、社交不安障害)患者においては扁桃体が過活動していると報告する研究は多いです。たとえば、スピーチの予期不安に関するfMRI研究(Lorberbaum et al., 2004)スピーチ中の脳活動を計測したPET研究(Tillfors et al., 2001)「あなたは馬鹿だ」といった自己に関する否定的評価を示す文を読ませたfMRI研究(Blair et al., 2008)パーティという社会的場面をコンテキストとした文を読ませたfMRI研究(Blair et al., 2010)怒りの線画を見せたfMRI研究(Evans et al., 2008)恐怖の表情を見せたfMRI研究(Labuschagne et al., 2010)において社会恐怖症患者における扁桃体の賦活を認めています(ただし、扁桃体活動に有意差を見いだせなかった研究も存在する)。

また、社会恐怖症患者はネガティブな自己信念の解釈を変えたり(Goldin et al., 2009)認知行動療法の現実性チェック(Brühl et al., 2013)をすると、扁桃体活動が低下します。SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)や認知行動療法でもスピーチ中の扁桃体血流量が減少し、それが1年後の予後を予測します(Furmark et al., 2002)

さらに、健康な健常者でもネガティブ写真に対する感情を認知的再評価で強めると扁桃体活動が増加し、ネガティブ感情を弱めると扁桃体活動が減少します(Ochsner et al., 2004)

しかし、これらはあくまでもfMRI(機能的磁気共鳴画像)やPET(ポジトロン断層法)によって扁桃体の活動や血流量の変化を観察しただけで、相関関係です。因果関係を証明したものではありません。扁桃体が不安や恐怖の中枢であることを直接証明するには扁桃体損傷患者が実際にネガティブな感情を経験するかどうか調べる必要があります。

そこで今回は扁桃体損傷患者は不安、恐怖、恥、罪悪感、ストレス、いらいら、敵意などのネガティブ感情や熱中、興奮、誇り、意志の強さなどのポジティブ感情を感じるかどうか、調査しました。

Anderson, A. K., & Phelps, E. A. (2002). Is the human amygdala critical for the subjective experience of emotion? Evidence of intact dispositional affect in patients with amygdala lesions. Journal of Cognitive Neuroscience, 14(5), 709-720. doi:10.1162/08989290260138618.

★概要

●実験1(1年間の感情経験をまとめて報告)

○被験者

20人(男性7名)の片側扁桃体損傷患者(平均年齢38.1±9.8歳)、年齢、教育水準、性別をマッチさせた20人の統制群(男性7名)、女性の両側扁桃体損傷患者のSPさん56歳(当時)が参加しました。片側扁桃体損傷患者の内訳は右扁桃体損傷患者が10人、左扁桃体損傷患者が10人でした。

片側扁桃体損傷患者は内側側頭葉が起源の難治性複雑部分発作(refractory complex partial seizures)で側頭葉切除術を受け、扁桃体の70~80%と海馬、海馬傍回、側頭葉後部へ投射する白質線維を摘出していた患者さんでした。ただし、手術前からてんかんが原因なのか片側の扁桃体・海馬が損傷していました。

難治性複雑部分発作とは意識が消失するてんかんのことで、難治性ですから薬を飲んでも効果がでない症状です。

SPさんがてんかんを発症したのは3、4歳ごろからで、40歳前半まで発作を制御できていたものの、その後コントロールが効かなくなりました。そこで、48歳に側頭葉摘出手術を受け、右内側側頭葉を摘出しました。手術手順は片側扁桃体損傷患者と同じです。なお、SPさんは手術前に反応性神経膠症(グリオーシス)のためか左扁桃体の大部分を損傷していました。SPさんはウェクスラー成人知能検査改訂版(WAIS-R)等の検査により、知能(IQ)や言語能力、記憶力が正常であることが確認されています。

○尺度

ポジテイブ感情・ネガテイプ感情尺度(Positive and Negative Affect Schedule:PANAS)を使用。PANASとはその名の通りポジティブ感情、ネガティブ感情を測る質問紙のことです。ここでのポジティブ感情とは興味津々、注意深い、わくわくした、力強い等の10項目です。ネガティブ感情とはいらいら、苦痛、恥辱、動転、神経質、恐れ、敵意等の10項目です。

1年間で感じたこれらのポジ感情・ネガ感情の程度と頻度を回答してもらいました。1(ほとんどない)~5(非常に)までの5件法です。ただし、SPさんについては4カ月ごとにPANASへの回答を求め、1年間で3回計測しました。

○実験1の結果

健常者群でも扁桃体損傷群でもネガティブ感情よりもポジティブ感情の方が強くなりました。また、健常者群でも扁桃体損傷群でもネガティブ感情の内、恐怖と不安だけを分析してもポジティブ感情の方が強くなりました。

健常者群と片側扁桃体損傷患者群で感情レベルに有意差はありませんでしたし、感情ごとの違いもありませんでした。健常者群と両側扁桃体損傷患者のSPさんを比べても感情レベルに差はありませんでした。恐怖と不安に限定して分析しても、健常者群、片側扁桃体損傷群に有意差はなく、SPさんは健常者群よりも敵意に満ちていましたが、恐怖と不安レベルに有意差はありませんでした。

健常者群は強いポジティブ感情の頻度が高く(弱いポジティブ感情との比較)、強いネガティブ感情や恐怖・不安の頻度は低かった(弱いネガティブ感情、恐怖・不安との比較)のですが、これは扁桃体損傷患者でも同じで、感情強度の分布にも有意差はありませんでした。

ポジティブ感情とネガティブ感情はほとんど相関せず、独立した尺度概念であるという先行研究と同じ結果が健常者群、片側扁桃体損傷患者群の両方で再現され、因子負荷量(factor loading)に有意差はありませんでした。

●実験2(1カ月間の感情経験を毎日報告)

患者SPと年齢、性別、教育レベルが同等の健常者2人が参加。ただし、健常者の内1人は右後頭葉にできた動脈瘤(aneurysm)の手術を経験したことがありました。

30日間にわたって毎晩PANASに回答してもらい、ポジ感情・ネガ感情の強度と頻度を計測しました。

○実験2の結果

健常者群、患者SPはともにネガティブ感情よりもポジティブ感情の方が強くなりました。また、健常者群よりも患者SPの方が感情が強い傾向にありました(有意傾向)。実際、個別の感情ごとに分析したところ、健常者群よりも患者SPの方が苦痛を感じ、誇らしくなり、警戒心が強く、恥を感じ、意志が強く、注意深く、興味が低い結果となりました。

健常者群と患者SPで感情価(affective valence)ごとの強度に有意差はありませんでした(恐怖・不安含む)。

感情強度ごとの頻度に関しても健常者群、患者SP共に同程度でした。つまり、両者とも中強度のポジティブ感情を多く感じ、高いネガティブ感情や高い恐怖・不安を感じることは少ない結果となりました。

ポジティブ感情とネガティブ感情は独立した感情因子であるという2要因モデルが健常者群、SP患者の両方で示され、因子負荷量(factor loading)に有意差はありませんでした。

★コメント

以上をまとめると、扁桃体損傷患者でもポジティブ感情とネガティブ感情、不安・恐怖を感じており、感情強度、強度の分布、感情構造(感情の2要因モデル)に普通の人と差はないということになります。

扁桃体損傷患者は恐怖の表情が認識できないとされています(ただし、目を見るように指示すると認識できるようになります)。また、通常なら起こるはずの情動的事柄の記憶力の向上がなく、恐怖条件付けの獲得も障害されています。しかし、両側扁桃体損傷で恐れの表情の認識が苦手になるものの、自分の顔に恐怖の表情を作ることはできます(以下の論文がそれ)。

Anderson, A. K., & Phelps, E. A. (2000). Expression without recognition: contributions of the human amygdala to emotional communication. Psychological Science, 11(2), 106-111. doi:10.1111/1467-9280.00224.

本研究結果と先行研究より研究チームは少なくとも人間の扁桃体は感情(特に不安や恐怖)を体験している時に活動するものの、不安や恐怖などを含め感情体験の生成自体には扁桃体は必要でないと結論付けています。

○扁桃体の機能はいったい何なのか?

では、扁桃体が感情の生成に関与していないとしたら、いったいその役割は何なのでしょうか?筆者、つまりスタンフォード大学のアダム・アンダーソン氏とニューヨーク大学のエリザベス・フェルプス博士は扁桃体は情報処理を感情的に調整する部位であると主張しています。

その根拠として筆者があげているのが、以下のような研究報告です。

1.情動刺激を見ている(符号化)時の扁桃体活動とその後の検索の成功が相関する

2.視覚・聴覚刺激の呈示に際する扁桃体活動は線条体外視覚皮質や聴覚野の活動を調整する

3.扁桃体損傷患者は情動的事柄の記憶が健康な人よりも苦手である(通常なら起きるはずの情動記憶力の高まりが生じない)

4.健常者と違って扁桃体損傷患者は嫌悪刺激・覚醒刺激に対する知覚的認識の高まりが消失している

The Human Amygdala本論文によれば『The Human Amygdala』(Guilford Press)の編者の1人で扁桃体研究で有名なダートマス大学のPaul J. Whalen氏も1998年に「扁桃体は記憶や知覚による情報処理の調整役で、単なる感情状態の生起とは関連しない」との論文をSAGE出版社のCurrent Directions in Psychological Scienceに投稿したことがあるそうです。

○動物とヒトにおける扁桃体損傷の効果の違いの原因は?

さらに、筆者は論文中でこう指摘しています。動物実験ではたとえば、扁桃体損傷で以前恐れていた刺激(天敵の蛇など)を怖がらなくなるのに、ヒトでは感情に影響しないのはなぜなのか?それは動物では感情と外的刺激が密接に結びついているのに対し、ヒトでは外的刺激だけでなく、内的因子が感情と関わっていることが原因の1つだと。つまり、ヒトは外的刺激がなくても脅威や報酬を内的表象(≒予期、思考等)できるので、もはや人間の感情体験は扁桃体だけで支えられているものではなく、大脳新皮質も感情の生起に関与していると議論しています。

以降、私の考察。

1つには指標の問題、つまり動物は感情を言葉で伝えることができないことがありますし、もう1つ考えられるのは急性損傷と慢性損傷の違いだと考えられます。

動物実験では扁桃体を壊した直後や扁桃体だけを薬物で局所的に不活性化させた実験で急性的に扁桃体を損傷しているのに対し、ヒトでは扁桃体損傷直後の実験ではありません。したがって、不安や恐怖など生存に重要な情動は脳の可塑性という能力に基づいて扁桃体以外の領域が代償した可能性があります。特にSPさんのように幼い頃からてんかん発作が起こっていた患者では脳の可塑性が起きても不思議ではないと考えられます。

*近年、神経新生が海馬や側脳室下帯だけでなく、嗅球や扁桃体、視床下部、線条体、体性感覚野、運動野、前頭前野でも生じるとの報告がされつつあります。ただし、実際に神経新生が起こるかどうかは論争中のことが多く、さらに人間で起こるかどうかも未知数です。なお、神経新生(ニューロン新生)とは、神経幹細胞から新たな神経細胞(ニューロン)が生まれることです。

なお、ヒトの線条体でも神経新生が起こるとの論文が2014年に公刊されました。

Ernst, A., Alkass, K., Bernard, S., Salehpour, M., Perl, S., Tisdale, J., Possnert, G., Druid, H., & Frisén, J. (2014). Neurogenesis in the striatum of the adult human brain. Cell, 56(5), 1072-1083. doi:10.1016/j.cell.2014.01.044.

○床効果が原因?

感情の強さの分析だけだと床効果があり得ます。しかし、強度ごとの頻度の分布や感情構造も分析し、差がないので床効果の可能性は排除されると筆者は考えているようです。しかし、実際のところポジティブ感情はともかく、強い不安・恐怖の方は健常者でも出現率が10%以下なので、床効果の可能性は排除できないと思います。ただ、その場合でも感情の2要因モデルが支持されているので、不安・恐怖はともかくとして、扁桃体を損傷してもネガティブ感情を感じることができると結論する必要があります。

*床効果(floor effect)とは普通の状態で計測値が低いので、独立変数(ここでは扁桃体の損傷)の影響によりそれ以上計測値が低下せず、見かけ上差がないように見える現象のことです。

○扁桃体、本当に壊れている?

扁桃体が本当に損傷されているかどうかは一番肝心な問題です。ところで、記憶と海馬の研究に貢献した患者H.M.(本名Henry Gustav Molaiso:ヘンリー・グスタフ・モレゾン)は難治性てんかんのため、両側側頭葉切除術を受け、海馬の大部分が摘出されたと考えられていましたし、脳画像検査でも確認されていました。しかし、後に患者H.M.の死後脳で脳切片を作製し、3次元(3D)脳画像を作ったところ、実際には海馬の大部分が残っていて、脳深部の白質神経線維や左眼窩前頭葉も損傷されていることが判明しました。

なぜこのような結果になったかというと、H.M.の脳画像検査を行った1990年代には分解能が高くなかったのが原因の1つだとされています。ちなみにこの結果は2014年にネイチャー・パブリッシング・グループ(Nature Publishing Group)発行のNature Communicationsに掲載されています(以下の論文がそれ)。

Annese, J., Schenker-Ahmed, N. M., Bartsch, H., Maechler, P., Sheh, C., Thomas, N., Kayano, J., Ghatan, A., Bresler, N., Frosch, M. P., Klaming, R., & Corkin, S. (2014). Postmortem examination of patient HM’s brain based on histological sectioning and digital 3D reconstruction. Nature Communications, 5:3122. doi:10.1038/ncomms4122.

H.M.さんの教訓を踏まえると、今回の扁桃体損傷患者で本当に扁桃体が壊れているのか慎重に判断した方がよさそうです。また、片側損傷患者は扁桃体すべてが損傷されているわけではなく、両側扁桃体損傷患者SPでも一部の領域は残っているかもしれません。

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場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
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マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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