「問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。
2013.12.18
2013年12月1日(日)にお茶の水女子大学で「経験者が語る場面緘黙講演会~場面緘黙だった私~」(主催:かんもくネット,共催:代々木高等学院,後援:東京都教育委員会,社団法人日本自閉症協会公益社団法人東京青年会議所)という講演会が開催されました。
この模様の一部はNHK首都圏ニュースでも放映されました。
参考記事⇒NHKの首都圏ニュースで初めて日本人緘黙経験者が喋る場面を目撃
後日、「経験者が語る場面緘黙講演会~場面緘黙だった私~」の事前質問への回答がかんもくネットホームページに公開されました。
そのなかで「なるほどな」と思った箇所があるので取り上げてみたいと思います。
それは8ページ目にあった「Q3-5:親にも自分の気持ちを伝えることができません。進路決定にあたりどうすればよいでしょうか。(家族)」という質問に対する回答です。
この模様の一部はNHK首都圏ニュースでも放映されました。
参考記事⇒NHKの首都圏ニュースで初めて日本人緘黙経験者が喋る場面を目撃
後日、「経験者が語る場面緘黙講演会~場面緘黙だった私~」の事前質問への回答がかんもくネットホームページに公開されました。
そのなかで「なるほどな」と思った箇所があるので取り上げてみたいと思います。
それは8ページ目にあった「Q3-5:親にも自分の気持ちを伝えることができません。進路決定にあたりどうすればよいでしょうか。(家族)」という質問に対する回答です。
その中で、場面緘黙経験者で自閉症療育アドバイザーのshizuさんは
『筆談で伝えることはできますでしょうか? 「どうしたいの?」では漠然としすぎるので、 選択肢をいくつか用意して、例えば 普通校、商業高校、その他 など その後 具体的な学校の選択肢を提示して選んでもらうなど工夫するとよいと思います。』と回答され、
かんもくネット代表で臨床心理士の角田圭子さんは
『場面緘黙の子どもの中には、伝えることが難しいというよりも、「複数の事柄を比較して、どれかを選ぶこと」「曖昧で自信が持てないことを言葉にすること」が難しい子が多いように思います。例えば、子どもの前で話す時、整理しながら表にして書いてあげて(横軸に進路の選択肢、縦軸に「よいところ(+)」「こまるところ(-)」)考える方法があります。「気もちの表現」は難しいので、例えばどきどき不安緊張度のように1~5の数字を紙に書いて、中から数字を選ぶ方法でなら表現できるようになる子も多いです。
http://kanmoku.org/tool.html
中には親の気持ちやいろんな事情を考えすぎて、選べない子どももいるかもしれません。』
と回答されています。
たしかに、自称場面緘黙症当事者の私も曖昧なことには自信がもてず、表現できない傾向が子どもの頃からあります。大人になった今でもそうです(といっても、他者と比較してどうなのかは分かりません)。
ところで、Hannah R. Snyder氏やYuko Munakata教授率いるコロラド大学ボルダー校の心理学・神経科学教室は言語選択に関する研究を行っています。
彼らの一連の研究がshizuさんや角田圭子さんの見解を支持するように思えます。
○支持する研究
最新の研究(Snyder et al., in press)によると、不安が高い人は言語課題での選択が苦手なようです。ちなみに、うつ症状が強い人は言語課題での選択が得意なようです。
*米国精神医学会が発行する精神疾患の診断・統計マニュアルの第5版、DSM-5によれば、場面緘黙症は不安障害だとされています。
○神経学的メカニズム
私の大学の専攻は生理心理学で神経生物学的心理学を勉強していたものだから、ついつい神経学的基盤に関する論文を探してしまいます。その結果、以下の文献を見つけましたが、先のコロラド大学ボルダー校の論文と研究者が一部カブっています。
不安が高い人は複数の選択肢から言葉を選ぶのが苦手で、前頭前野の活動が高いのです(Snyder et al., 2010)。それは感情と関係のないシンプルな言語生成課題でも生じ、ベンゾジアゼピン系抗不安薬のミダゾラム(ドルミカム)を投与すると、選択が改善されます。
ミダゾラムとは抑制系の神経伝達物質、GABAのアゴニスト(作動薬)です。 アゴニストとは受容体と結合して作用する薬理物質のことです。
GABAのアゴニストを投与して言語選択が向上するということは、言葉を選ぶのが難しい原因の1つは脳の興奮であると推測できます。
前頭前野といっても、特に腹外側前頭前野が重要です(Snyder et al., 2011)。腹外側前頭前野は言葉の選択や意味記憶からの言葉の想起に関与するようです(Snyder et al., 2011)。
場面緘黙児・人は腹外側前頭前野が異常なのかもしれませんね。
○サブカテゴリーを与えると言葉の選択が楽になることを示した研究
サブカテゴリーを与えると言葉の選択が簡単になることが実験で明らかにされています。サブカテゴリーを与えることと選択肢を与えることは違うかもしれませんが、(場面)緘黙児に選択肢を示すという方法の有効性を考えるうえで興味深い研究です。
6歳児は異なるカテゴリーを混ぜた問題に答えるよりも同じカテゴリーの問題が継続する方が苦手です(Snyder et al., 2013)。
課題はblocked cyclic naming task(ブロック化周期ネーミング課題)を用いています。
blocked cyclic naming taskとは同じカテゴリーからなる写真を次々に見せて、名称を回答させる課題です。たとえば、動物の写真を次々見せて、猫、犬、ウサギなどと答えてもらうのです。
異なるカテゴリーの問題が続くよりも、同じカテゴリーの問題を継続するほうが、類似するものを区別することを要求されるため難しいのです。今回の指標は反応時間で、同じカテゴリーの問題の方が反応が遅いということが課題の難易度が高いということを意味します。
ところが、ペットや家畜などのサブカテゴリーを与えると、成績が向上します(Snyder et al., 2013)。動物という、より大きなカテゴリーを与えても成績が向上しますが、サブカテゴリーほどではありません。
あらかじめサブカテゴリーを与えれておけば言語的に流暢になり、すぐ答えを思いつけるようになるという結果は、場面緘黙児に選択肢を用意するという方法と重なる点があるかもしれません。
○支持しない研究は?
著名な専門家や研究が必ずしも正しいとは限らないため、反論する論文があるかもしれません。しかし、支持しない研究の有無は私には分かりません。
○引用文献(要約だけ読みました)
Snyder, H. R., Banich, M. T., & Munakata, Y. (2011). Choosing our words: Retrieval and selection processes recruit shared neural substrates in left ventrolateral prefrontal cortex. Journal of Cognitive Neuroscience, 23(11), 3470-3482. doi:10.1162/jocn_a_00023.
Snyder, H. R., Hutchison, N., Nyhus, E., Curran, T., Banich, M. T., O'Reilly, R. C., & Munakata, Y. (2010). Neural inhibition enables selection during language processing. Proceedings of National Academy of Sciences, 107(38), 16483-16488. doi:10.1073/pnas.1002291107.
Snyder, H. R., Kaiser, R. H., Whisman, M. A., Turner, A. E., Guild, R. M., & Munakata, Y. (in press). Opposite effects of anxiety and depressive symptoms on executive function: The case of selecting among competing options. Cognition & Emotion, DOI:10.1080/02699931.2013.859568.
Snyder, H. R., & Munakata, Y. (2013). So many options, so little control: Abstract representations can reduce selection demands to increase children’s self-directed flexibility. Journal of Experimental Child Psychology, 116(3), 659-673. doi:10.1016/j.jecp.2013.07.010.
○追記(2013年12月19日):引用URL
かんもくネット 「経験者が語る場面緘黙講演会」事前質問への回答
http://kanmoku.org/lecture_tokyo_q&a.pdf
『筆談で伝えることはできますでしょうか? 「どうしたいの?」では漠然としすぎるので、 選択肢をいくつか用意して、例えば 普通校、商業高校、その他 など その後 具体的な学校の選択肢を提示して選んでもらうなど工夫するとよいと思います。』と回答され、
かんもくネット代表で臨床心理士の角田圭子さんは
『場面緘黙の子どもの中には、伝えることが難しいというよりも、「複数の事柄を比較して、どれかを選ぶこと」「曖昧で自信が持てないことを言葉にすること」が難しい子が多いように思います。例えば、子どもの前で話す時、整理しながら表にして書いてあげて(横軸に進路の選択肢、縦軸に「よいところ(+)」「こまるところ(-)」)考える方法があります。「気もちの表現」は難しいので、例えばどきどき不安緊張度のように1~5の数字を紙に書いて、中から数字を選ぶ方法でなら表現できるようになる子も多いです。
http://kanmoku.org/tool.html
中には親の気持ちやいろんな事情を考えすぎて、選べない子どももいるかもしれません。』
と回答されています。
たしかに、自称場面緘黙症当事者の私も曖昧なことには自信がもてず、表現できない傾向が子どもの頃からあります。大人になった今でもそうです(といっても、他者と比較してどうなのかは分かりません)。
ところで、Hannah R. Snyder氏やYuko Munakata教授率いるコロラド大学ボルダー校の心理学・神経科学教室は言語選択に関する研究を行っています。
彼らの一連の研究がshizuさんや角田圭子さんの見解を支持するように思えます。
○支持する研究
最新の研究(Snyder et al., in press)によると、不安が高い人は言語課題での選択が苦手なようです。ちなみに、うつ症状が強い人は言語課題での選択が得意なようです。
*米国精神医学会が発行する精神疾患の診断・統計マニュアルの第5版、DSM-5によれば、場面緘黙症は不安障害だとされています。
○神経学的メカニズム
私の大学の専攻は生理心理学で神経生物学的心理学を勉強していたものだから、ついつい神経学的基盤に関する論文を探してしまいます。その結果、以下の文献を見つけましたが、先のコロラド大学ボルダー校の論文と研究者が一部カブっています。
不安が高い人は複数の選択肢から言葉を選ぶのが苦手で、前頭前野の活動が高いのです(Snyder et al., 2010)。それは感情と関係のないシンプルな言語生成課題でも生じ、ベンゾジアゼピン系抗不安薬のミダゾラム(ドルミカム)を投与すると、選択が改善されます。
ミダゾラムとは抑制系の神経伝達物質、GABAのアゴニスト(作動薬)です。 アゴニストとは受容体と結合して作用する薬理物質のことです。
GABAのアゴニストを投与して言語選択が向上するということは、言葉を選ぶのが難しい原因の1つは脳の興奮であると推測できます。
前頭前野といっても、特に腹外側前頭前野が重要です(Snyder et al., 2011)。腹外側前頭前野は言葉の選択や意味記憶からの言葉の想起に関与するようです(Snyder et al., 2011)。
場面緘黙児・人は腹外側前頭前野が異常なのかもしれませんね。
○サブカテゴリーを与えると言葉の選択が楽になることを示した研究
サブカテゴリーを与えると言葉の選択が簡単になることが実験で明らかにされています。サブカテゴリーを与えることと選択肢を与えることは違うかもしれませんが、(場面)緘黙児に選択肢を示すという方法の有効性を考えるうえで興味深い研究です。
6歳児は異なるカテゴリーを混ぜた問題に答えるよりも同じカテゴリーの問題が継続する方が苦手です(Snyder et al., 2013)。
課題はblocked cyclic naming task(ブロック化周期ネーミング課題)を用いています。
blocked cyclic naming taskとは同じカテゴリーからなる写真を次々に見せて、名称を回答させる課題です。たとえば、動物の写真を次々見せて、猫、犬、ウサギなどと答えてもらうのです。
異なるカテゴリーの問題が続くよりも、同じカテゴリーの問題を継続するほうが、類似するものを区別することを要求されるため難しいのです。今回の指標は反応時間で、同じカテゴリーの問題の方が反応が遅いということが課題の難易度が高いということを意味します。
ところが、ペットや家畜などのサブカテゴリーを与えると、成績が向上します(Snyder et al., 2013)。動物という、より大きなカテゴリーを与えても成績が向上しますが、サブカテゴリーほどではありません。
あらかじめサブカテゴリーを与えれておけば言語的に流暢になり、すぐ答えを思いつけるようになるという結果は、場面緘黙児に選択肢を用意するという方法と重なる点があるかもしれません。
○支持しない研究は?
著名な専門家や研究が必ずしも正しいとは限らないため、反論する論文があるかもしれません。しかし、支持しない研究の有無は私には分かりません。
○引用文献(要約だけ読みました)
Snyder, H. R., Banich, M. T., & Munakata, Y. (2011). Choosing our words: Retrieval and selection processes recruit shared neural substrates in left ventrolateral prefrontal cortex. Journal of Cognitive Neuroscience, 23(11), 3470-3482. doi:10.1162/jocn_a_00023.
Snyder, H. R., Hutchison, N., Nyhus, E., Curran, T., Banich, M. T., O'Reilly, R. C., & Munakata, Y. (2010). Neural inhibition enables selection during language processing. Proceedings of National Academy of Sciences, 107(38), 16483-16488. doi:10.1073/pnas.1002291107.
Snyder, H. R., Kaiser, R. H., Whisman, M. A., Turner, A. E., Guild, R. M., & Munakata, Y. (in press). Opposite effects of anxiety and depressive symptoms on executive function: The case of selecting among competing options. Cognition & Emotion, DOI:10.1080/02699931.2013.859568.
Snyder, H. R., & Munakata, Y. (2013). So many options, so little control: Abstract representations can reduce selection demands to increase children’s self-directed flexibility. Journal of Experimental Child Psychology, 116(3), 659-673. doi:10.1016/j.jecp.2013.07.010.
○追記(2013年12月19日):引用URL
かんもくネット 「経験者が語る場面緘黙講演会」事前質問への回答
http://kanmoku.org/lecture_tokyo_q&a.pdf
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