行動抑制は吃音、うつ、自殺、PTSD、パニック障害などのリスク | 緘黙ブログー不安の心理学、脳科学的知見からー
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問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。

ハーバード大学のJerome Kagan教授が提唱した行動抑制。

行動抑制とは見知らぬ人や音、物に近づかない傾向のことで、抑制気質ともよばれます。

抑制気質は社交不安障害(社会不安障害)のリスク因子です。ヴァンダービルト大学医学部が行ったメタ分析によれば、乳幼児期の行動抑制は社交不安障害のリスクを7.59倍高めます(Clauss et al., 2012)。

メタ分析とは複数の研究を同時に分析する研究手法のことです。

なお、行動抑制に関する基本事項はこちらを参照してください⇒行動抑制の概念 by Jerome Kagan

ところが、抑制気質がリスクとなるのは何も社交不安障害だけではありません。パニック障害、広場恐怖症、回避性障害、分離不安障害のリスクであるのはもちろんのこと、うつ病や自殺企図、物質使用問題、PTSD(心的外傷後ストレス障害)のリスクでもあるのです。

そして、2013年には行動抑制が吃音のリスク要因であるとの研究も発表されました。

*「本当に場面緘黙児は抑制気質なのか?」で述べたように2013年現在、場面緘黙症と抑制気質に関する研究が発表されていません。それにもかかわらず、場面緘黙児は行動が抑制されているとの考えが既成事実化しつつあります。これは人間が持つ確証バイアス(Confirmation bias)を考えると、憂慮すべき事態です。

なお、確証バイアスとは自分の考え(信念)にあった情報を探し、信念に反した情報を探さない、あるいは過小評価するバイアスのことです。

○抑制気質になりやすいのはパニック障害、うつ病の親の子

ハーバード大学医学大学院(ハーバード・メディカルスクール)の関連施設、マサチューセッツ総合病院の研究(Rosenbaum et al., 1988)によると、パニック障害・広場恐怖がある親の子どもが抑制気質である可能性が高いとのことです(比較対象は大うつ病の親の子ども)。

その2年後に発表されたマサチューセッツ総合病院の研究(Rosenbaum et al., 2000)では、パニック障害と大うつ病が合併している親の子どもの行動が最も抑制的でした。しかし、親のパニック障害だけでなく、大うつ病も行動抑制のリスクを2倍高めました。

○抑制気質と複合精神疾患、種々の不安障害(回避性障害、分離不安障害、 広場恐怖症等)

行動が抑制的な子どもは複数の不安障害や過剰不安障害(全般性不安障害)、恐怖症のリスクにさらされています(Biederman et al., 1990)。

マサチューセッツ総合病院の調査(Biederman et al., 1993)では、抑制気質の子どもは精神疾病を4つ以上、不安障害を2つ以上合併するリスクが高いことが判明しました。特に、回避性障害、分離不安障害、 広場恐怖症が多くなりました。診断基準はDSM-IIIでした。

○抑制気質とうつ(病)、自殺企図、パニック障害

ウィスコンシン大学の調査によれば、3歳で抑制気質だった子は21歳時点でうつ病の罹患率が高く、自殺企図やアルコール問題も多い傾向にありました(Caspi et al., 1996)。ただし、診断基準はDSM-III-Rでした。

イェール大学の研究(Reznick et al., 1992)によれば、回顧的な自己報告による抑制気質や大学生の現在の抑制的行動が不安の個人差を説明します。特に現在の抑制気質はうつ症状の個人差も説明できます。パニック障害やうつ病を治療している人は小児期に抑制気質的な行動を多く示したと回想します。

○抑制気質と物質使用問題(薬物使用問題)

ウィスコンシン大学の調査(Caspi et al., 1996)や先行記事「行動抑制+線条体の興奮→物質使用(薬物乱用・薬物依存)」でも書いたように、抑制気質は薬物使用問題のリスクです。

特に、男性やリスク行動が多い人、脳の報酬系である線条体が敏感な抑制気質の人は要注意です。

薬物使用問題は物質使用の問題ともいわれます。ここでの物質とは大麻やヘロインなどの薬物、タバコ、お酒などの嗜好品を指します。物質使用の問題は物質使用障害(物質乱用・物質依存)の軽度版、前段階と考えてもらってもかまいません。

○抑制気質は社交不安障害と大うつ病の合併リスクを高める

ウィスコンシン大学の調査(Caspi et al., 1996)では、抑制気質がうつ病のリスク因子であるとの結果が得られました。

フランス(ボルドー)のCharles Perrens Hospitalの調査では、社交不安障害患者の中で、回顧的質問紙で行動抑制が高かった人ほど、社会不安症状が重篤である、大うつ病の合併が多いとの結果が得られています(Rotge et al., 2011)。

○抑制気質と吃音

発達障害の臨床拠点・研究センターであるバンダービルト・ケネディ・センター(Vanderbilt Kennedy Center) とヴァンダービルト大学の研究(Choi et al., 2013)によると、吃音の子と吃音がない子を集団として比較すると、行動抑制レベルに差はないものの、吃音グループには極端に抑制気質が強い子が多く、極端に抑制気質が弱い子が少ないのです。

さらに、行動抑制が強く吃音がある子どもは、行動抑制が弱く吃音がある子どもと比較して、吃音の症状が重篤でした。子供の年齢は3歳~5歳8カ月でした。

○抑制気質とPTSD(心的外傷後ストレス障害)

ニュージャージーの米軍ヘルスケアシステムの研究(Myers et al., 2012a; Myers et al., 2012b)によると、抑制気質がPTSDのリスクであるとのことです。

戦闘経験と行動抑制(+状態不安、特性不安)でPTSDの重症度を80%以上の精度で予測できます(Myers et al., 2012a; Myers et al., 2012b)。

しかし、PTSDと関係が深いのはGrayの「行動抑制系(Behavioral Inhibition System)」だと指摘する論文もあります。

たとえば、トレド大学の研究(Contractor et al., 2013)やミシシッピ大学メディカルセンター(Maack et al., 2012)の研究がそれです。行動抑制系が経験の回避を促し、PTSDの症状を重篤にさせるようです。

なお、行動抑制系とはGrayの強化感受性理論(Reinforcement sensitivity theory)に基づいた気質次元、行動賦活系(Behavioral Activation System)と対をなすものです。ハーバード大学のJerome Kagan名誉教授がいう行動抑制(Behavioral Inhibition)とは異なります。 詳しくは「Grayの行動抑制系と前頭前野における脳波の非対称性」や「トリプトファン枯渇で脅威に対する扁桃体/海馬の反応が増強」をご覧ください。

貧困や犯罪が多い地区に住むラテンアメリカ人の子どもの「行動抑制」が6か月後のPTSDの症状(回避と覚醒)を予測し、暴力とPTSDの回避症状の関係を「行動抑制」が強めているとの研究(Gudiño, 2013)もあります(デンバー大学)。

しかし、アブストラクト(要旨)だけではGrayの行動抑制系なのかKaganの抑制気質なのか判然としません。

○引用文献(本来なら許されないことですが、要約だけかじりました)

Biederman, J., Rosenbaum, J. F., Bolduc-Murphy, E. A., Faraone, S. V., Chaloff, J., Hirshfeld, D. R., & Kagan, J. (1993). A 3-year follow-up of children with and without behavioral inhibition. Journal of the American Academy of Child & Adolescent Psychiatry, 32(4), 814-821.

Biederman, J., Rosenbaum, J. F., Hirshfeld, D. R., Faraone, S. V., Bolduc, E. A., Gersten, M., Meminger, S. R., Kagan, J., Snidman, N., & Reznick, J. S. (1990). Psychiatric correlates of behavioral inhibition in young children of parents with and without psychiatric disorders. Archives of General Psychiatry, 47(1), 21-26.

Caspi, A., Moffitt, T. E., Newman, D. L., & Silva, P. A. (1996). Behavioral observations at age 3 years predict adult psychiatric disorders. Longitudinal evidence from a birth cohort. Archives of General Psychiatry, 53(11), 1033-1039.

Choi, D., Conture, E. G., Walden, T. A., Lambert, W. E., & Tumanova, V. (2013). Behavioral inhibition and childhood stuttering. Journal of Fluency Disorders, 38(2), 171–183.

Clauss, J. A., & Blackford, J. U. (2012). Behavioral inhibition and risk for developing social anxiety disorder: a meta-analytic study. Journal of the American Academy of Child & Adolescent Psychiatry, 51(10), 1066-1075.

Contractor, A. A., Elhai, J. D., Ractliffe, K. C., & Forbes, D. (2013). PTSD's underlying symptom dimensions and relations with behavioral inhibition and activation. Journal of Anxiety disorders, 27(7), 645-651.

Gudiño, O. G. (2013). Behavioral inhibition and risk for posttraumatic stress symptoms in Latino children exposed to violence. Journal of Abnormal Child Psychology, 41(6), 983-992.

Maack, D. J., Tull, M. T., & Gratz, K. L. (2012). Experiential Avoidance Mediates the Association Between Behavioral Inhibition and Posttraumatic Stress Disorder. Cognitive therapy & research, 36(4), 407-416.

Myers, C. E., VanMeenen, K. M., Devin McAuley, J., Beck, K. D., Pang, K. C., & Servatius, R. J. (2012a). Behaviorally inhibited temperament is associated with severity of post-traumatic stress disorder symptoms and faster eyeblink conditioning in veterans. Stress, 15(1), 31-44.

Myers, C. E., VanMeenen, K. M., & Servatius, R. J. (2012b). Behavioral inhibition and PTSD symptoms in veterans. Psychiatry research, 196(2), 271-276.

Reznick, J. S., Hegeman, I. M., Kaufman, E. R., Woods, S. W., & Jacobs, M. (1992). Retrospective and concurrent self-report of behavioral inhibition and their relation to adult mental health. Development & Psychopathology, 4(2), 301-321.

Rosenbaum, J. F., Biederman, J., Gersten, M., Hirshfeld, D. R., Meminger, S. R., Herman, J. B., Kagan, J., Reznick, J. S., & Snidman, N. (1988). Behavioral inhibition in children of parents with panic disorder and agoraphobia: a controlled study. Archives of General Psychiatry, 45(5), 463-470.

Rosenbaum, J. F., Biederman, J., Hirshfeld-Becker, D. R., Kagan, J., Snidman, N., Friedman, D., Nineberg, A., Gallery, D. J., & Faraone, S. V. (2000). A controlled study of behavioral inhibition in children of parents with panic disorder and depression. American Journal of Psychiatry, 157(12), 2002-2010.

Rotge, J. Y., Grabot, D., Aouizerate, B., Pélissolo, A., Lépine, J. P., & Tignol, J. (2011). Childhood history of behavioral inhibition and comorbidity status in 256 adults with social phobia. Journal of Affective Disorders, 129(1), 338-341.

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場面緘(かん)黙症とは?
ある特定の場面(例.学校)でしゃべれなくなってしまう症状を場面緘黙症といいます。言語能力や知能には問題がないにもかかわらず、話せないのです。一般的に場面緘黙症の人は自らの意思で口を閉ざしているのではなく、不安や恐怖のために話せないとされます。中にはあらゆる場面で話せない全緘黙症になる事例もあります。
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マーキュリー2世

Author:マーキュリー2世
性別:男
緘黙経験者で、バリバリの現役緘黙だったのは小学4年?大学1年。ただし、小学4年以前はほとんど記憶喪失気味なのでそれ以前も緘黙だった可能性あり。現在も場合によっては緘黙/緘動が発動します。種々の研究に言及していますが、私は専門家ではありません。ひきこもり/自称SNEP(孤立無業者)です。

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