「問題を起こさない緘黙児は放置されるか?」という記事に追記をしました。3歳で「かん黙」があった園児5名の内60%が5歳までに「かん黙」を克服したという研究です。日本の調査になります。
2013.10.10
以前、現時点では場面緘黙症の「抑制気質仮説」を裏付ける証拠がないため、この仮説(学説?)の真偽は不明であるという趣旨の記事を書きました。その記事がこちらです⇒本当に場面緘黙児は抑制気質なのか?
しかし、もしも、場面緘黙児には抑制気質があると結論付けられた場合は、場面緘黙の予防へ一歩前進したといっても過言ではありません。というのも、行動抑制に関しては場面緘黙症よりもずっと研究が進んでいるからです。
*本記事ではニュアンスによって場面緘黙症と場面緘黙を使い分けています。私が「症」を付けるのは医学的な診断基準であるDSMやICDに記載されていることを強調するためで、基本的には診断基準を満たしている場合に使用しています。しかし、予防ということになると、入園・入学時の一時的な緘黙も対象となるので、「症」はつけません。
なお、行動抑制の基礎事項についてはこちらをご覧ください⇒行動抑制の概念 by Jerome Kagan
たとえば、セロトニントランスポーター遺伝子が短く不安を感じやすかったとしても、適切なソーシャルサポート(社会的支援)により行動抑制が弱まる可能性(Fox et al., 2005)や2歳までに両親以外の第3者から世話を受けることが抑制気質が表面化しないのに重要である可能性(Fox et al., 2001)があります。
また、15歳前後に計測した怒り表情への注意バイアスが低ければ、乳幼児期の行動抑制が15歳時点の社会的交流の少なさにつながらない可能性(Pérez-Edgar et al., 2010)、乳幼児期に抑制気質だったとしても、20歳での注意バイアス課題における扁桃体-島皮質の負の機能的結合が弱ければ、成人の内在化問題は低い可能性(Hardee et al., 2013)があります。
ゆえに、たとえ抑制気質だったとしても適切な社会的支援や第三者との交流、注意バイアス訓練などにより、内在化問題(不安や抑うつ等)の出現を防止する効果が期待できます。
ただし、これらの研究では因果関係の証明ができていません。なので、上に記した「行動抑制から脱出する処方箋」や「抑制気質でも思春期以降の内在化問題を深刻にしない方法」への示唆はあくまで可能性です。
その他、行動抑制の持続因子として9・14・48ヶ月齢に計測した脳波が前頭葉で右半球優位であること(Fox et al., 2001)があります。
これらの論文はあくまでも、乳幼児期の行動抑制が問題になる条件(逆にいえば行動抑制が問題を引き起こさない条件)に関する研究です。しかし、近年では抑制気質児の問題が深刻にならないようにする「予防研究」も進展しています。
○抑制気質児の不安を弱め、社会適応能力を高めた個別研究
Coplan et al.(2010)は社会スキルの訓練を学齢前に抑制気質だった児童に施すことで、社会的な用心深さが低下し、幼稚園・保育園での有能な社会的行動も増加したと報告しました。ソーシャルスキル(社会的スキル)の訓練とは社会的スキルを促進させる遊び(Social Skills Facilitated Play)のことで、大げさなものではないと思います。
Rapee.(2013)は抑制気質の就学前児童の内在化障害(internalizing disorders)を防止するプログラムの効果を検討しました。内在化障害とは対人恐怖や不安、抑うつ感、引きこもり等のことです。
6セッションからなる親に対する教育プラグラムで子どもの不安を減らすことが目的でした。その結果、15歳での内在化問題を少なくすることに成功しました。不安も減少(母親報告)し、生活に支障をきたすほどではなくなりました(自己報告)。ただし、女の子にだけ有効で、男の子にはほとんど効果がありませんでした(Rapee, 2013)。
この結果は就学前期の介入で思春期の内在化問題を弱めることができる可能性を示しているという意味で重要な成果です。
Anticich et al.(in press)は楽しいお友達プログラム(Fun FRIENDS programme)の効果を検討しました。Fun FRIENDS programmeは子どもの不安を弱め、レジリエンスを高めることを目的とした小学校の先生による学校ベースのプログラムです。レジリエンスとは困難な状況から回復し、しなやかに適応する能力のことです。
Fun FRIENDS programmeの結果、オーストラリアのブリスベンの子どもたちは行動抑制、行動問題が減少し、社会的コンピテンス(social competence)と情動コンピテンス (emotional competence)が改善しました(Anticich et al., in press)。社会的コンピテンスは社会的能力、情動コンピテンスは情動能力とも呼ばれますが、勉強不足のため詳述は控えます。
Fun FRIENDS programmeは子どもにだけ効果があったのではありません。親の育児ストレスや親子の交流も改善しました。改善は少なくとも1年間持続しました(Anticich et al., in press)。
プログラムに参加する親子のスクリーニングと介入のコストパフォーマンスを検討した研究(Simon et al., 2013)もあります。Simon et al.(2013)によれば、不安が高い親に親焦点型の子どもへの介入が有効で、親の不安が低い場合は子ども焦点型の介入が最も費用対効果に優れているとのことです。
○抑制気質児を不安に追い込まないための国家的プロジェクト(豪)
オーストラリアにあるメルボルン大学の研究チーム(小児科学)は、就学前幼児を対象として抑制気質がある子どもとその親を対象としたCool Little Kidsというプログラムを開始する予定です(Bayer et al., 2011)。Cool Little Kidsプログラムは将来的な不安障害の予防策で、3~6歳児と親が対象です。プログラムの効果だけでなく、経済的コスト(費用対効果比)も算出します。
Cool Little Kidsでは親にワークブックを配布し、子どもの内在化問題(不安やうつ)について理解を深めてもらい、子どもにコーピングスキル(対処方略)を身につけてさせる方法や育児のコツ、育児不安に対処する方法を伝授します。認知療法も取り入れます。
オーストラリアにいる園児の95%をカバーする予定なので、国家的プロジェクトといっても過言ではありません。事実、オーストラリアの国立保健医療研究審議会から補助金を受けています。参加する行動抑制が強い園児の人数は約500人に達する予定です。
*論文をよく読むと、保育園・幼稚園に通う就学前幼児が95%以上いるという説明しかありませんでした。したがって、就学前幼児の95%以上が研究対象になると断言することはできません。訂正します(2013年10月13日)。
ただし、メルボルン大学のプロジェクトや先述した個別研究はあくまでも抑制気質の子どもが将来の不安障害などのメンタルヘルスに関わる問題を抱えるのを予防する試みで、場面緘黙そのものの予防計画ではないことに注意してください。
○薬物使用を食い止めろ!
「行動抑制+線条体の興奮→物質使用(薬物乱用・薬物依存)」という記事でも書いたように、乳幼児期に抑制気質だった男性やリスク引受(risk-taking)傾向と行動抑制が両方とも強い人、抑制気質でかつ脳の報酬系である線条体が過敏な人ではアルコールやタバコ、大麻(マリファナ)などを使用するリスクが高いのです。
記事「行動抑制+線条体の興奮→物質使用(薬物乱用・薬物依存)」の後半でも述べたように、薬物に手を出す動機は社会不安に対処するためであることが疫学的にも実験的にも確認されています。
ゆえに、抑制気質児や社会不安が高い子どもが薬物使用の問題を引き起こさないためにも、不安への対処方略を幼少期のころから身に着けさせるなどして、不安障害の予防を図ることが重要です。
○引用文献(要約のみ読みました)
Anticich, S. A., Barrett, P. M., Silverman, W., Lacherez, P., & Gillies, R. (in press). The prevention of childhood anxiety and promotion of resilience among preschool-aged children: a universal school based trial. Advances in School Mental Health Promotion, DOI:10.1080/1754730X.2013.784616.
Bayer, J. K., Rapee, R. M., Hiscock, H., Ukoumunne, O. C., Mihalopoulos, C., Clifford, S., & Wake, M. (2011). The Cool Little Kids randomised controlled trial: Population-level early prevention for anxiety disorders. BMC Public Health, 11(11), doi:10.1186/1471-2458-11-11.
Coplan, R. J., Schneider, B. H., Matheson, A., & Graham, A. (2010). ‘Play skills’ for shy children: development of a Social Skills Facilitated Play early intervention program for extremely inhibited preschoolers. Infant and Child Development, 19(3), 223-237.
Rapee, R. M. (2013). The preventative effects of a brief, early intervention for preschool‐aged children at risk for internalising: follow‐up into middle adolescence. Journal of Child Psychology and Psychiatry. 54(7), 780-788.
Simon, E., Dirksen, C. D., & Bögels, S. M. (2013). An explorative cost-effectiveness analysis of school-based screening for child anxiety using a decision analytic model. European child & adolescent psychiatry, 22(10), 619-630.
しかし、もしも、場面緘黙児には抑制気質があると結論付けられた場合は、場面緘黙の予防へ一歩前進したといっても過言ではありません。というのも、行動抑制に関しては場面緘黙症よりもずっと研究が進んでいるからです。
*本記事ではニュアンスによって場面緘黙症と場面緘黙を使い分けています。私が「症」を付けるのは医学的な診断基準であるDSMやICDに記載されていることを強調するためで、基本的には診断基準を満たしている場合に使用しています。しかし、予防ということになると、入園・入学時の一時的な緘黙も対象となるので、「症」はつけません。
なお、行動抑制の基礎事項についてはこちらをご覧ください⇒行動抑制の概念 by Jerome Kagan
たとえば、セロトニントランスポーター遺伝子が短く不安を感じやすかったとしても、適切なソーシャルサポート(社会的支援)により行動抑制が弱まる可能性(Fox et al., 2005)や2歳までに両親以外の第3者から世話を受けることが抑制気質が表面化しないのに重要である可能性(Fox et al., 2001)があります。
また、15歳前後に計測した怒り表情への注意バイアスが低ければ、乳幼児期の行動抑制が15歳時点の社会的交流の少なさにつながらない可能性(Pérez-Edgar et al., 2010)、乳幼児期に抑制気質だったとしても、20歳での注意バイアス課題における扁桃体-島皮質の負の機能的結合が弱ければ、成人の内在化問題は低い可能性(Hardee et al., 2013)があります。
ゆえに、たとえ抑制気質だったとしても適切な社会的支援や第三者との交流、注意バイアス訓練などにより、内在化問題(不安や抑うつ等)の出現を防止する効果が期待できます。
ただし、これらの研究では因果関係の証明ができていません。なので、上に記した「行動抑制から脱出する処方箋」や「抑制気質でも思春期以降の内在化問題を深刻にしない方法」への示唆はあくまで可能性です。
その他、行動抑制の持続因子として9・14・48ヶ月齢に計測した脳波が前頭葉で右半球優位であること(Fox et al., 2001)があります。
これらの論文はあくまでも、乳幼児期の行動抑制が問題になる条件(逆にいえば行動抑制が問題を引き起こさない条件)に関する研究です。しかし、近年では抑制気質児の問題が深刻にならないようにする「予防研究」も進展しています。
○抑制気質児の不安を弱め、社会適応能力を高めた個別研究
Coplan et al.(2010)は社会スキルの訓練を学齢前に抑制気質だった児童に施すことで、社会的な用心深さが低下し、幼稚園・保育園での有能な社会的行動も増加したと報告しました。ソーシャルスキル(社会的スキル)の訓練とは社会的スキルを促進させる遊び(Social Skills Facilitated Play)のことで、大げさなものではないと思います。
Rapee.(2013)は抑制気質の就学前児童の内在化障害(internalizing disorders)を防止するプログラムの効果を検討しました。内在化障害とは対人恐怖や不安、抑うつ感、引きこもり等のことです。
6セッションからなる親に対する教育プラグラムで子どもの不安を減らすことが目的でした。その結果、15歳での内在化問題を少なくすることに成功しました。不安も減少(母親報告)し、生活に支障をきたすほどではなくなりました(自己報告)。ただし、女の子にだけ有効で、男の子にはほとんど効果がありませんでした(Rapee, 2013)。
この結果は就学前期の介入で思春期の内在化問題を弱めることができる可能性を示しているという意味で重要な成果です。
Anticich et al.(in press)は楽しいお友達プログラム(Fun FRIENDS programme)の効果を検討しました。Fun FRIENDS programmeは子どもの不安を弱め、レジリエンスを高めることを目的とした小学校の先生による学校ベースのプログラムです。レジリエンスとは困難な状況から回復し、しなやかに適応する能力のことです。
Fun FRIENDS programmeの結果、オーストラリアのブリスベンの子どもたちは行動抑制、行動問題が減少し、社会的コンピテンス(social competence)と情動コンピテンス (emotional competence)が改善しました(Anticich et al., in press)。社会的コンピテンスは社会的能力、情動コンピテンスは情動能力とも呼ばれますが、勉強不足のため詳述は控えます。
Fun FRIENDS programmeは子どもにだけ効果があったのではありません。親の育児ストレスや親子の交流も改善しました。改善は少なくとも1年間持続しました(Anticich et al., in press)。
プログラムに参加する親子のスクリーニングと介入のコストパフォーマンスを検討した研究(Simon et al., 2013)もあります。Simon et al.(2013)によれば、不安が高い親に親焦点型の子どもへの介入が有効で、親の不安が低い場合は子ども焦点型の介入が最も費用対効果に優れているとのことです。
○抑制気質児を不安に追い込まないための
オーストラリアにあるメルボルン大学の研究チーム(小児科学)は、就学前幼児を対象として抑制気質がある子どもとその親を対象としたCool Little Kidsというプログラムを開始する予定です(Bayer et al., 2011)。Cool Little Kidsプログラムは将来的な不安障害の予防策で、3~6歳児と親が対象です。プログラムの効果だけでなく、経済的コスト(費用対効果比)も算出します。
Cool Little Kidsでは親にワークブックを配布し、子どもの内在化問題(不安やうつ)について理解を深めてもらい、子どもにコーピングスキル(対処方略)を身につけてさせる方法や育児のコツ、育児不安に対処する方法を伝授します。認知療法も取り入れます。
*論文をよく読むと、保育園・幼稚園に通う就学前幼児が95%以上いるという説明しかありませんでした。したがって、就学前幼児の95%以上が研究対象になると断言することはできません。訂正します(2013年10月13日)。
ただし、メルボルン大学のプロジェクトや先述した個別研究はあくまでも抑制気質の子どもが将来の不安障害などのメンタルヘルスに関わる問題を抱えるのを予防する試みで、場面緘黙そのものの予防計画ではないことに注意してください。
○薬物使用を食い止めろ!
「行動抑制+線条体の興奮→物質使用(薬物乱用・薬物依存)」という記事でも書いたように、乳幼児期に抑制気質だった男性やリスク引受(risk-taking)傾向と行動抑制が両方とも強い人、抑制気質でかつ脳の報酬系である線条体が過敏な人ではアルコールやタバコ、大麻(マリファナ)などを使用するリスクが高いのです。
記事「行動抑制+線条体の興奮→物質使用(薬物乱用・薬物依存)」の後半でも述べたように、薬物に手を出す動機は社会不安に対処するためであることが疫学的にも実験的にも確認されています。
ゆえに、抑制気質児や社会不安が高い子どもが薬物使用の問題を引き起こさないためにも、不安への対処方略を幼少期のころから身に着けさせるなどして、不安障害の予防を図ることが重要です。
○引用文献(要約のみ読みました)
Anticich, S. A., Barrett, P. M., Silverman, W., Lacherez, P., & Gillies, R. (in press). The prevention of childhood anxiety and promotion of resilience among preschool-aged children: a universal school based trial. Advances in School Mental Health Promotion, DOI:10.1080/1754730X.2013.784616.
Bayer, J. K., Rapee, R. M., Hiscock, H., Ukoumunne, O. C., Mihalopoulos, C., Clifford, S., & Wake, M. (2011). The Cool Little Kids randomised controlled trial: Population-level early prevention for anxiety disorders. BMC Public Health, 11(11), doi:10.1186/1471-2458-11-11.
Coplan, R. J., Schneider, B. H., Matheson, A., & Graham, A. (2010). ‘Play skills’ for shy children: development of a Social Skills Facilitated Play early intervention program for extremely inhibited preschoolers. Infant and Child Development, 19(3), 223-237.
Rapee, R. M. (2013). The preventative effects of a brief, early intervention for preschool‐aged children at risk for internalising: follow‐up into middle adolescence. Journal of Child Psychology and Psychiatry. 54(7), 780-788.
Simon, E., Dirksen, C. D., & Bögels, S. M. (2013). An explorative cost-effectiveness analysis of school-based screening for child anxiety using a decision analytic model. European child & adolescent psychiatry, 22(10), 619-630.
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